fc2ブログ

ネルーダ「ピカソ港に着く」

ここでは、「ネルーダ「ピカソ港に着く」」 に関する記事を紹介しています。


ピカソ港

(自筆原稿)

ピカソ港に


 ピカソ港に着く  
                           パブロ・ネルーダ
                           大島博光訳 

わたしはピカソ港に上陸した 秋の六時 
空は半ば 薔薇色のひろがりを見せていた
わたしは見た ピカソの家のまわり その広い空間に
あけぼのの火が 炎のように燃えているのを
遥か うしろには山脈の青がつづいていた
灰色の道化役者がひとり 
山脈のあいだの 谷間に立っていた 
そうだ わたしはアントファガスタから
マラカイボからやってきた
テュクマンから パタゴニヤから やってきた
(雹に傷めつけられ 凍てついた氷の歯をしたところ
永遠の雪の下に旗を埋めたパタゴニヤから)

上陸したわたしは見た ピカソの岸べの
りんごの色をした大女たちを
並はずれた大きな眼 忘れられないような腕
おそらくアマゾンの仲間か あるいは「形象」

西には軽業師たちが途方に暮れて
黄色の方へ 転がっていた
音楽家たちが あらゆる楽器とともにいた
そのまた向うの地理は 女たちと骨との
花びらと炎との 胸の裂けるような移民でいっぱいだった
そしてピカソのまんなか
二重の野と一本のガラスの木のあいだ
わたしの見たのはゲルニカだ
血が 大きな川のようによどんでいた
血の流れは 馬にとってもランプにとっても
怖るべき苦痛となった
熱い血が 鼻の孔にのぼり
この湿った光は 永久に告発している

こうしてピカソの領土では 南でも西でも
生が あらゆる生が 住居に役立っていた
海が 世界がそこに穀物やとばっちりを投げこんでいた
わたしはそこに見つけた
すりへったクレヨンのかけらを
死んだ馬の蹄鉄を
傷がその蹄鉄を 永遠の金属へと高めている
そしてわたしは見た
粘土がパンのように 窯のなかに入り
すばらしい子供となって出てくるのを

わたしは また雄鶏を見つけた
それは泡と脳みそで黒く
場末の針金の花束が添えられていた
青い猫は扇のような爪をもち
虎は骸骨に躍りかかっていた

……
そして牡牛が現われた 通路を通って
大地のまんなかからやってきた
わたしは牡牛の啼き声を見た
牡牛は ピカソの地面をひっかきながらやってきた
その姿は 菫色のインキのマントに覆われていた
わたしは見た 不屈のよだれに飾られた
暗い破局へと向かう 牡牛の頸を

牡牛の尾は 辛い塩を引きずり
闘牛場で 乾いた音をたててスペインの 頸輪が顫える
月が揺さぶる 骨袋のように
おお絹が燃え続ける闘牛場よ
──それは砂の上の忘れられないひなげしの花だ
面と向かって相闘うためには
もはや日 時間 大地 運命しかない
すさまじい空間の牡牛よ

この闘牛場から 紫色の喪と
皿を砕き割る酒の旗が残る
それに騾馬を曳く男のわづかな銀貨だ
遠い殺戮の沈黙を見守っているのは
集まった たくさんの衣服だ
それらの階段を通して
それらの黄金と飢えの皺をとおして
その顔をふさぐ怒りをとおして
スペインがせり上がってくる
もっと遠くへ行って 彼の扇を調べてみたまえ
われらを見つめているのは
眼のない黒い光だ

「鳩」のおじさんよ おお きみは
鳩といっしょに光のなかに翼をひろげ
太陽にまで到達した
鳩は集まった 明るい旗のなか
薔薇でつくられた紙の上に
どっしりと止まっていた
血にも染まらず 露にも濡れず

人びとの輪よ 地上的であるものの集まりよ
赤い矢たちのなかの 純粋な穂よ
突如たる希望のよき道よ!
われらは波乱に富んだ粘土の奥に
きみとともにいる そしてきょう
希望の辛抱づよい金属のなかにいる 

「それはピカソだ」
と漁夫の妻が叫ぶ 銀を銀に結びつけながら
そして新しい秋は 羊飼いの旗をひきさく
子羊のうえに 木の葉が一枚
ヴァローリスの空から散る

素朴な人間へのわれらの愛において
きみの炭火を 釣り合いのなかに投げながら
きみの炭火を 旗のなかに投げてみながら
われらのつくる尺度はよきかな!
サソリはけっしてきみの顔を脅かさなかった
サソリはしばしば きみに噛みつこうとしたが
きみのはてしなく堅い水晶にぶつかったのだ
大地の下のきみのランプに それから……
それから地球のこちらの岸べでわれらは大きくなる
地球の向う岸でも われらは大きくなる

この行進曲を聞かないものも きみの行進曲をきいている
彼は はてしない前から路上のざわめきを聞いている
大地はひろい だがきみは孤独ではない
そして光はひろい 光をわれらの上にともしてくれ

  (「ウーロープ」一九七四年一月─二月号より)

ユマニテ(「ユマニテ」1971年10月25日)

関連記事
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://oshimahakkou.blog44.fc2.com/tb.php/3789-e91b5e04
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック