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ホドロフスキー「エンドレス・ポエトリー」──詩と芸術に生きる人々への讃歌

ここでは、「ホドロフスキー「エンドレス・ポエトリー」──詩と芸術に生きる人々への讃歌」 に関する記事を紹介しています。
映画

巨匠アレハンドロ・ホドロフスキー監督の最新作(2016年)で、自身がチリ・サンティアゴで過ごした青春時代を描く自伝映画。「リアリティのダンス」の続編となる。
故郷のトコピージャから首都サンティアゴに出てきたホドロフスキー一家。父親は労働者街で衣料店を開き、冷酷に万引き犯を叩きのめす。ロルカの詩集に惹かれて詩を朗読するアレハンドロにたいして父ハイメは「詩人はオカマだ、詩集なんか読まずに、生物学の本を読んで医者になれ!」と言って詩集を窓の外に投げ捨ててしまう。「詩こそが自分の行く道を輝かしく照らす。自分は詩人になろう!」と心に決めるアレハンドロ。親戚の集まりでその決意を表明すると、父親を始め誰も取り合わない。ただ一人、いとこのリカルドだけが彼を理解し、彼を芸術家姉妹の家に案内する。
そこでは画家やダンサー、若いアーティストたちが古い観念に縛られない自由な活動をしていた。アレハンドロも即興の詩を朗読して迎え入れられ、祭りのような日々が始まる。
詩人の集まる店に行くと、突然怪女が現われて「おまえらは無だ!」と叫び、巨大なジョッキを飲み干す。「毒蛇女」の詩人ステラだった。その怪女ぶりに惹かれるアレハンドロ。デートを約束した夜、ステラは男を連れてきた。つきあうならこんな俗人でなくニカノール・パラのような詩人にしろ、とけなすアレハンドロに、彼が敬愛する詩人ニカノール・パラその人であり、その詩「毒蛇女」のモデルがステラだったことを知らされる。
詩人エンリケ・リンと知り合い、奇行を楽しむ二人。しかし、エンリケに捨てられたといって自殺を図る小人症の女性を助けたことから彼女を抱いてしまい、エンリケと仲違いする。アレハンドロはサーカスに道化師として出演し、観衆の前でそのことを告白する。
アレハンドロは詩人として飛躍するためにパリに渡ってシュールレアリズムに触れ、ブルトンと知り合うことを決意し、皆に別れを告げる。出発の日、父ハイメが港にやって来て止めようとする。取っ組み合いになって倒された父親は、「せめて握手を」と懇願する。「何も与えないことで全てを与えてくれた」としてアレハンドロは別れの握手を交わすのだった。

若い詩人や芸術家たちの自由で破天荒な姿を描き、それを賛美した青春映画。
見る楽しさも満載で登場人物が魅力的だ。愛情豊かな母親は会話が全て歌で、それも豊かで優しいソプラノ。芸術家姉妹の姉は包容力のある画家で、いつでも人の悩みを聞いて助けてくれる。妹は可愛いバレエダンサーで、いるだけであたりが明るくなる。怪女ステラの存在感は圧倒的。覚悟がないと渡り合えない。合体ダンサーは「ビッグフィッシュ」の双子の姉妹のごとくいつもくっついている。そして主人公アレハンドロ(青年)は美しい顔貌と肉体がギリシャ彫刻のよう。小人症の娘とのエピソードも心に残る。(この映画では小人症の人が何人か登場して効果的だが、「ゲルニカの木」のように独りよがりでない)
ホドロフスキーがパブロ・ネルーダにたいして抱いている微妙な感情もでている。当時からネルーダは大きな銅像が建てられていたことが分かるが、それを茶化すようなパフォーマンスを主人公はしている。
1952年、第二次イバニェス右派政権成立当時のチリの政治状況も垣間見える。
制作 2016年 フランス、チリ、日本

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