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野鯉を釣る

ここでは、「野鯉を釣る」 に関する記事を紹介しています。
野鯉(のごい)を釣る

                             大島博光

 この秋は、わたしにとってめずらしく大漁の鯉釣りシーズンだった。幾日か連日のように六〇センチ級の大物がかかった。わたしの釣り歴のなかでもめずらしいことだ。──夕ぐれ近く、ずっしりと重い手ごたえがあって、糸をまいてもなかなか姿を見せない。流れの方へぐつとノシてゆく。糸をのばしてやる。また手もとに巻きよせる。またノシてゆ<。……それをニ、三回<りかえしていると、鯉も疲れて、水面に姿をあらわし水を跳ねとばしながら、ぐるぐる泳ぎまわる……この数分のあいだが鯉釣りのだいご味なのだ。
 野鯉釣りのマニアたちはみんな大物をねらう。三、四〇センチの鯉では釣っに部類に入らない。せめて五〇センチ以上ぐらいから釣ったような気になる。わたしのよく行く、多摩川の是政あたりでも、稀ではあるが七〇センチ前後のものも釣れる。わたしのレコードは、数年前に釣ったものだが、七四センチである。
 ある日、長雨のあとで、多摩川は川いっばいに増水していた。しかし黄濁はもう消えて、手ごろのささにごりになっていた.三時ごろのこの釣り場に行ってみると、六〇歳こえた偉丈夫の老人が、川のなかほどに針を投げこんで、すでに七〇センチ近い大物を一尾上げていた。やがてまたわたしの眼の前で同じくらいのを釣り上げた。すると老人は、両手を空にあげて、方歳!万歳!と子どものように叫ぶのであった。まるでひとつの勝利をかちとったかのように。大げさにいえば、人類の狩漁時代のもっとも原始的な悦びが、わたしたちの無意識のなかにまだ残っているのでもあろうか。
 ところでわたしは、たいてい釣った鯉を帰りしなにまた川に放してやることにしている。「また来いよ」と言いながら……。
(詩人)

(「赤旗」)
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