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鯉釣り賛歌

ここでは、「鯉釣り賛歌」 に関する記事を紹介しています。
釣りと私 鯉釣り賛歌
   大島博光

 晩秋の一日、是政あたりの多摩川へ鯉(こい)釣りに出かけた。台風後の増水も引き始めて、ささにごりになっていたが、本流のあたりはまだとうとうと勢いよく流れている。岸べ近くのよどみに糸を投げこんでおくと、やがて竿(さお)先が揺れ、リールがはげしく鳴る。少し離れてぼんやりしていたので、竿に手をかけた時には、鯉はもう本流のなかを走っていた。流れの重みと鯉の重みで、手ごたえもずっしりとあって、リールを巻くどころではないので、鯉の引くままに川岸をしもへ五十㍍もくだってゆきながら、少しずつ巻くと、だんだん鯉も岸へ寄ってきた。上げてみると六十センチはあって、久しぶりに豪快な鯉釣りの醍醐味(だいごみ)にひたることができた……
 釣りのおもしろさは、川の水の状態、釣り場の選定などで、思わぬ場面に出っくわすことにある。
 わたしの鯉釣り歴はもう四十年にもなる。戦争中、わたしは信州の千曲河畔に疎開していた。結核療養で、毎日河べりを散歩していた。釣りをしていた青年がわたしに釣りをすすめ、釣り針のくくり方など手ほどきをしてくれた。最初に釣り竿を出した時、たちまち大きな鯉がかかって、竿先をはげしく揺すった。それは鯉が深い水の中から送ってくる生命そのものの合図であった。この瞬間がわたしを鯉釣りのとりこにした。鯉はあわてた初心者の手から巧妙にのがれて深みに消えた。それがますますわたしを釣り気ちがいへと駆りたてた。わたしは雨の日も、傘をさして河っぶちに立っていた……
 釣り気ちがいのため、わたしは危うく一生を棒に振るところだった。人生の半分は振ってしまったかもしれない。しかし、結核を克服して望外に長生きできたのは、あるいは釣りのおかげかもしれないのだ。
 (詩人)

(「赤旗」)
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