マチスの微笑み Le sourire de Matisse
アンリ・マチスはもういない。この知らせはわれわれの心に穴をうがつものである。この国の表現であり、その光の表現であったあるものが、いま隠れ消えたのだ。その眼は閉じた。その眼がなければ人はもう見るすべを知らないだろう。そのようにその眼は見たのである。フランスの1世紀にわたって嵐と度重なる戦争をとおして、時代の不幸をとおして、ひとりの男が60年のあいだ、確固として、芸術と天才の並外れた粘り強さを持って、生涯を通して、強烈な視覚、調和のとれた視覚、および前例のない色彩の楽天主義をわれわれに与えたのである。その男(ひと)はもういない。しかし彼のあとには、あの人々の運命の尨大な信頼、あの霧を乗り越える強い力、あの幸福の表明が残っている。
彼の死を前にしてすぐにわたしの感じたのは、われわれの損失の果てしない大きさであり、わたしがみんなとともにこうむる個人的な損失である。わたしは彼からたくさんの恩恵を受けており、1941年と1942年の王国の日々をシミにおいて彼のそばで過ごした。シミの彼のアトリエの窓は外国軍による占領も曇らせることの出来ない確信に向かって、ニースの素晴らしい風景、彼の庭園、彼の風変りな家、心をなぐさめる海に向かって開いていた。わたしはそのとき彼のそばで、暗黒の時代に、フランス的な偉大さへの確信をみいだし、歌の力強さや、われわれの遠い過去、近い過去とわれわれとを結びつける生身のきずなをみいだした。いまは涙がわたしの眼にあふれるこのときに、わたしはマチスの教えをもう一度表明する義務を感じる。肉体的な苦痛も、私的な生の悲しみも、世紀の暗黒ささえもが、このマチスの教えの表明を断念させることはできなかった。……
ランスの(カテドラルの)石のなかに、中世がその後笑みの神秘と美を残したようにこの未来への尨大な遺産、マチスはわれわれの時代の勝利した微笑みとして後世にとどまるであろう」
(自筆原稿)
* 1954年11月3日マチスが死ぬと、アラゴンはさっそく「マチスの微笑み」(1054年11月5日付「ユマニテ」) を書いている。
* 「ランスの微笑み」:ランスのカテドラルの壁面に立っている微笑みの天使のことをアラゴンは詩に書いている。
アンリ・マチスはもういない。この知らせはわれわれの心に穴をうがつものである。この国の表現であり、その光の表現であったあるものが、いま隠れ消えたのだ。その眼は閉じた。その眼がなければ人はもう見るすべを知らないだろう。そのようにその眼は見たのである。フランスの1世紀にわたって嵐と度重なる戦争をとおして、時代の不幸をとおして、ひとりの男が60年のあいだ、確固として、芸術と天才の並外れた粘り強さを持って、生涯を通して、強烈な視覚、調和のとれた視覚、および前例のない色彩の楽天主義をわれわれに与えたのである。その男(ひと)はもういない。しかし彼のあとには、あの人々の運命の尨大な信頼、あの霧を乗り越える強い力、あの幸福の表明が残っている。
彼の死を前にしてすぐにわたしの感じたのは、われわれの損失の果てしない大きさであり、わたしがみんなとともにこうむる個人的な損失である。わたしは彼からたくさんの恩恵を受けており、1941年と1942年の王国の日々をシミにおいて彼のそばで過ごした。シミの彼のアトリエの窓は外国軍による占領も曇らせることの出来ない確信に向かって、ニースの素晴らしい風景、彼の庭園、彼の風変りな家、心をなぐさめる海に向かって開いていた。わたしはそのとき彼のそばで、暗黒の時代に、フランス的な偉大さへの確信をみいだし、歌の力強さや、われわれの遠い過去、近い過去とわれわれとを結びつける生身のきずなをみいだした。いまは涙がわたしの眼にあふれるこのときに、わたしはマチスの教えをもう一度表明する義務を感じる。肉体的な苦痛も、私的な生の悲しみも、世紀の暗黒ささえもが、このマチスの教えの表明を断念させることはできなかった。……
ランスの(カテドラルの)石のなかに、中世がその後笑みの神秘と美を残したようにこの未来への尨大な遺産、マチスはわれわれの時代の勝利した微笑みとして後世にとどまるであろう」
(自筆原稿)
* 1954年11月3日マチスが死ぬと、アラゴンはさっそく「マチスの微笑み」(1054年11月5日付「ユマニテ」) を書いている。
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