ランボオの故郷シャルルヴィル(5)とてつもない 至高のかけ

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 とてつもない 至高のかけ

 ランボオ記念室の下の、アルデンヌの郷土資料館もまた独特のものであった。この地方で使われていた、むかしの鍛冶屋の、黒ぐろとした道具類が眼をひく。古いフイゴもある。十八世紀から十九世紀中頃まで、一日十五時間労働で、この鍛冶道具で釘などをつくった──と説明書きがしてある。それらはマニュファクチュアーという言葉に、汗の匂いと労働のひびきで肉付けしているもののように見えた。それから、大きくて重そうな鋤(すき)や、やはり重そうな木靴(サボ)などが、アルデンヌの野づらでの、つらい畑仕事をいまに物語っている。そうかと思うと、森のなかで小鳥やけものたちをとらえるワナやカスミ網に似た網仕掛けなどが陳列されており、その網を操作する絵図や、その網を使って森のなかで猟をしている風景を描いた油絵までが懸けてある。
 またこの地方の古い家具、調度品、陶器、皿、ランプのたぐいも並べてある。それらはいわば、フランスのこの辺境の地方において、人民が遠いむかしから、フイゴを動かして釘をたたき、木靴(サボ)をはいて畑を耕やし、小鳥をとったり狩りをして、一生懸命に生きてきた、その息づかいや、そのなかであげた陽気な歌声さえをも、いまに伝えているのである。ランボオの母親の実家も、この地方の小地主であって、ランボオじしんも時にはそこで畑仕事を手伝ったのだった……

 この資料室の上に、二十世紀のうえに大きな影を落した偉大な詩人アルチュール・ランボオの記念室はあった。黄色く色あせた詩人の写真や手紙や詩集などが、ケースに入れて陳列されていた。はかり知れない影響を詩の世界に与えつづけているランボオも、眼で見るその資料といえば、何ほどのこともない。それは当然のことだ。ランボオの偉大さ、その魅惑は、やはりかれの詩のなかにあるのだから……そのケースのひとつの、小さな説明書きがわたしの目をひいた。
 「一八七一年二月二十五日、ランボオは三度目のパリ行きをくわだて、首都の街まちをさまよったのち、徒歩で帰ってきた。かれはコミュ-ヌに参加するため、四月─五月、四度目のパリ行きを敢行したのだろうか?」
 帰えりしなに、博物館の受付の青年は、わたしのノートにつぎの言葉を記念に書いてくれた。(すばらしい達筆で。)
「ランボオは、シャルルヴィルの生んだ、とてつもない賭(かけ)である。
 だが、なんと至高の賭であろう」 
(つづく)

(自筆原稿「詩と詩人たちのふるさと──わがヨーロッパ紀行」)

博物館
ランボオ博物館

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