ランボオの故郷シャルルヴィル(3)胸像あわれ「酔いどれ船」

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 この公園の北の入口近く、小さな四角い花園のなかに、ランボオの胸像が町の方に向かって台座のうえに置かれていた。台座には「酔いどれ船の詩人」と刻んであった。しかし、この胸像のランボオは髪も短かく刈りこんで、まるで優等生のような若者で、「酔いどれ船」の詩人にはふさわしくないように思われた。パリのモンパルナス通りの辻公園に立っていたロダンの迫力にみちた「寝まき姿のバルザック」像を見てきたばかりのわたしには、いっそうこの胸像のランボオが小さくあわれに見えた。アラゴンがシェイクスピアにも比すべき詩人だと言った、そのランボオが。──
 じつは、この胸像はいわくつきのものであった。最初は一九〇一年に建てられたが、第一次大戦中、ブロンズの胸像は溶かされて砲弾となり、一九二七年につくられた胸像もまた、第二次大戦で消えてしまい、現在の胸像は一九五四年に建てられたものである。ところで、一九二七年の胸像の除幕式に際しては、当時シュルレアリストであったアラゴン、エリュアールたちが胸像を建てたシャルルヴィルの町長やアルデンヌ詩人協會にあてて激烈な抗議文を書いたのだった。
 「あなた方は今日、ふたたびアルチュール・ランボオ記念像の除幕式をおこない、小さな地方的な祝典を催すということだ。残念なことに、あなた方の企てにはまたしても公的な容認が欠けている……
 あなた方は、愛国的熱狂に赴くには恐らく機会を誤ったことを認められるであろう。あなた方がいまほめ讃える男は、あなた方にむかって、ひたすら嫌悪の身ぶりをふりまき、憎悪の言葉を吐いた男であり、フランスのために死んだ作家の栄光とは全く相反する栄光をになうことになる男である。
 まことにあなた方は、ランボオとは何者であるかを知らない。彼の言葉から彼の正体を見られるがよい。

 <──おれの生まれた町は、田舎の小さな町のなかでもとびきり愚劣だ。こんな所に、おれはもう幻想も抱いていない。この町はメジェールのそばにあるからだ……町の通りを二、三百人の兵隊どもがぶらつき、あの殊勝ぶった町の連中が、メッスやストラスブールの攻囲された人たちとはちがって、勿体ぶった剣客気どりで、身ぶりよろしくまくしたてているからだ。退役軍人の乾物屋の親父が、ふたたび軍服を着込んでいるのには、ぞっとする!公証人、硝子屋、収税吏、指物師など、猫も杓子も、祖国は立てり!とばかりに、勇気りんりん、シャスポ銃を胸に、メジエールの城門でパトロールの真似をしているのは、素敵だ!だが、おれはじっと座った町の方が好きだ。長靴を動かすな!それがおれの信条だ>(一八七〇年八月十五日の手紙)……
 ランボオとは?……かれは酔っぱらった。喧嘩した。橋の下で寝た。虱(しらみ)にたかられた。……
 地上にもどこにも、かれはどんな希望も抱かず、あなた方のけっして知ることのないだろうあの恐るべき嫌悪(アンニュイ)のとりこになって、絶えず遠くへ出かけてゆくことばかりを夢みていた……」
(つづく)

(自筆原稿「詩と詩人たちのふるさと──わがヨーロッパ紀行」)

ランボオ像

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