マヤコフスキーとアラゴン(3)第二回ソヴェト作家大会

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 マヤコフスキーとめぐり合ってから五年後にこう書いたアラゴンは、それからほぼ二十年後の一九五四年、第二回ソヴェト作家大会でも、マヤコフスキーをほめたたえている。
 「詩となるすべてのものは、現在の歴史から、現実の人口の生活から、これらの人々の直面する疑問への回答から、その力を汲みとっている。詩──それはかれらのたたかいの武器であり、そして詩人はこのたたかいにおいて、ただ彼の言葉と歌のもつ力と威力によって、他の人々とことなっているにすぎない。今世紀の絶頂に立ち、全世界の詩人たちの注意を一身に集めている詩人の例──それはヴラジミル・マヤコフスキーである。
 ヴラジミル・マヤコフスキーは、生活の行手を照らすみちびきの星である。マヤコフスキーの光に照して、われわれは自身の冨を再評価し、われわれの源とわれわれの運動をよりよく理解する。マヤコフスキーの光に照して、われわれは世界のすべての詩人たちの共通の道が前途にひらけているのを眼にし、新しいソヴェトの人間と、そのソヴェトの人間によく似た、全世界で勝利を収めるであろう明日の人間を知り、彼らとともに行こうとするのである。
 そして事実、同志諸君、明日の日の人間の勝利をいわずして、いったい何を語ることがあろう。社会主義リアリズムはけっして自己目的ではなく、これは、われわれの芸術がその全力をあげてすべての人々とともにわれわれがめざしている最終目的の達成を促進できるようにするための創作方法である。
 真の詩──それは人間の精神の光であり、われわれはそれを消し去ることを許さない。詩について語りながら、私は最後に、我が国の詩人ギョーム・アポリネールの言葉を引用したいと思う。これは、四十年前に書かれた彼のピカソ論の末尾にあるものである。
 『この地上において人々は何よりも光を愛する、彼らが火を発明したのだ』
 おそらく、わが国の詩はまだ光とはなっていないだろう。しかし、ここ、プーシキン、レールモントフ、マヤコフスキーの国で、われわれはすでにこう言うことができる、──詩人たちは何よりも光を愛する、なぜなら、彼らはその火によって末来を照らすような作品をつくっているから、人類の幸福のためのたたかいにおいてその武器となり、その行手を照らすみちびきの星となっている作品をつくっているから、と。
 たしかに、あなた方の国の詩人たちの詩を読んで、われわれは言うことができる──彼らが火を発明したのだ! と。」 (『第二回ソヴェト作家大会』四一五べージ)
(つづく)

(『詩人会議』1973年10月 特集マヤコーフスキイ)

アラゴン
演説するアラゴン


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