『世界の終り』『炎の剣』(2)

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 一九七○年九月に出版された詩集「炎の剣」も、この「世界の終り」の延長線上に書かれたように思われる。なぜなら「炎の剣」は、世界が終り、その廃墟に生き残った一組の男と女を主人公にした物語、つまり、新しいアダムとイヴの創世記であるから。じっさいにも、ネルーダはこの詩集の扉に旧約聖書の「創世記」のつぎの文章をかかげている。
 「こうして神は人間を追放して、エデンの園の東に、いのちの木への道を守るために、天使ケルビムと輪を描いて回る炎の剣を置いた」
 もうひとつ、ネルーダがこの物語詩のよりどころとしたのは、チリ南部のアンデス山脈の奥に隠されているといわれる「魔法の都」あるいは「セザールの都」の伝説である。この詩集の冒頭に、フリオ・ヴィクニャ・シフェンテス『チリの神話と迷信』からつぎのように引用されている。
 「チリの南部、アンデス山中の、だれも知らない、あるところに、この世のものとは思われぬすばらしい魔法の都がある。そこではすべてが黄金、銀、宝石である。この都の住民の幸福に匹敵するものはない。衣食住をみたすために働く義務もなく、人間世界を襲う貧困や苦しみにさらされることもない……」
 この詩においては、世界の終りが描かれ、そこへただひとり生き残った主人公ロードがやってくる。アラウカニアの地に新しい森を見つけようとやってくる。

  彼は土地を探した 新しい王国のために
  彼は青い水を探した 血を洗い流すために

 ロードはネルーダと同じく年とった失望した男、幻滅した男である。多くの闘いののち、「孤独のなかで/その心を手に負えぬ蔓(つる)草に蔽われた男」であり、「過去と呼ばれるものをうしろに引きずり」「犯罪の共犯者」「他者、すべての他者との共犯者」であることをやめて、「血まみれの魂をもたぬ最初の人間」にもどろうとする。
 そこにはまた怖るべき反省が現われる。

  ひとびとはもはや彼を必要としなかった
  そうだ だれも だれひとりとして

 しかし、この孤独と懐疑に苦労するロードのまえに、「セザールの都」の生き残りの女ロジーが現われる。するとロードの心にはふたたび愛と欲望が生まれる。若い同伴者を得て、孤独者はふたたび春と世界をみいだす。エロティックな美しい詩が、ロジーの口をとおしてこの愛の融合をうたう。

  最初の男(ひと)よ あなたが
  わたしの腹の上に手を置いたとき
  あなたのくちびるが
  わたしの乳房の乳首を味わったとき
  わたしはもう見捨てられた血の滴ではなかった
  道に落ちた棘のある小枝ではなかった
  わたしのからだはその葉っぱをそばたて
  音楽がわたしの血のなかを走った

 しかしこのような愛もロードの懐疑や苦悩を消しさることはない。

  だれもこの地上でわれらに耳傾けない
  みんな出て行ってしまった……
  これからわれらの夢をだれに託そう?

(つづく)

(新日本新書『パブロ・ネルーダ』)

バラ


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