ある日ある時のポルトレイト(1) 瀧口修造氏

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瀧口修造

ある日ある時のポルトレイト(1) 瀧口修造氏

 彼はビールを飲むでゐた。大きなアンブレラの下で三・四人の仲間たちと。本誌に「マルドロオルの歌」を連載してゐる大島博光君が乗り出してきて、僕たちの卓子との隔りを塞いでしまった。瀧口修造氏とアヴンギャルトの画家たち──みんな僕は初封面の人たちだった。もう一ヶ月も前のことである。その時、何を饒舌ったかもううろ覚えである。眞夏の太陽がすっかり影を没した頃、新宿の大山でのことである。
「暫らく詩を発表しないやうですが、現在どんなことをしてゐますか。」
「いま写真化学研究所の仕事をしてゐます。」
「近く芸術家の結成が出来るやうですが。」
「アバンガルトの画家のクラブがあったのですが、近く芸術家聯盟クラブと改称して、画壇とか文壇とかの小グループを離れて、全藝術のために、これから来るべき藝術を代表するやうな仕事をしてゆきたいと思ってゐます。ゆくゆくはユニイクな雑誌も発行したい計画でゐます。──レアリスムとか、シュルレアリスムとかを離れて、日本の文化に新しいものを加へてゆきたい、といふのがその主旨なのです。」
 長髪の瀧口氏は思慮深く語った。
「シュルレアリスムは唯美主義の残りの概念である。芸術至上主義である。」とか、「春山行夫氏のポエジイ運動は未完成である」とか、「われわれはラムボオやロオトレアモンにまだまだ学ぶべきものがある。」とか、瀧口氏の言った言葉が断片的に泛んでくる。
「現在、詩を発表してゐないのは、決して機関誌がないからといふ譯ではない。」と瀧口氏は言ってゐたが、近く藝術家聯盟の結成と共に華々しい活躍が見られるものと思ふ。
 次に瀧口氏にその略歴を語って貰はう。
【JOE】

(『蝋人形』1936年10月)
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