大島博光記念館を訪ねて(下) 秋山鐵夫

ここでは、「 大島博光記念館を訪ねて(下) 秋山鐵夫」 に関する記事を紹介しています。

 アラゴンの「フランスの起床ラッパ」に感動し、「レ・コミュニスト」をお借りし、レジスタンス運動の苦しくも気高い闘いを学ばされました。
 かつての軍国少年も、敗戦後の教育で民主主義と平和の尊さを学んでいたものの、下山・三鷹・松川などの事件が、権力によるフレームアップとは知らず、労働組合や共産党によって引き起こされたものと信じ込んでいた無知な青年だったのです。
 博光さんは多くを語りませんでしたが、彫刻刀で原稿用紙の版木を一マス一マス彫りながら私のツタナイ話を聞いてくださったのでした。おのずと自らの愚かさを知り、なぜ戦争が起きるのか?世の中の仕組みはどうなっているのか?自分のこれからの生き方も含め目を開かせてもらった貴重な出会いでした。
 間もなく復学して社研にも参加、セツルメント活動加わることになりました。机の上の勉強だけでなく、貧しい「にこよん」の人たちや子供たちとの触れ合いでたくさんのことを学ぶことが出来ました。この体験が教師になることを決める契機となったのでした。
 その後、障害児教育に携わり、やがて要請されて一九七五年、日本共産党の豊島区議会議員となり、七期二十八年務めることが出来ました。
 晩年を迎え、過去を振り返った時、未来への確信と誇りを持って歩み続けることが出来たのも、博光さんの謦咳に接すること無しには考えられないことです。
 この度の訪問で嬉しかったのは、館長の朋光さんが、風貌も対応される素振りも出会った頃のご尊父そっくりだったこと。長年にわたり溜まっていた思いを直接語れたようにも思えたことです。
 記念館の小林園子さんが、心をこめて博光さんの詩を朗読してくださり、その詩のすばらしさに妻と心をあらわれる思いでした。ありがとうございました。思いで深い旅になりました。松代の文化豊かな町と、ご案内くださったお二人に、再びお会いできる機会が訪れますよう願っています。

秋山
2017年9月10日 秋山鐵夫・増子ご夫妻と
関連記事
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://oshimahakkou.blog44.fc2.com/tb.php/3441-2dcd1b28
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック