『とりとめのない放浪』──(3)スターリン問題とネルーダ『回想録』

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夕暮れ

 彼は『回想録』のなかに書いている。
 「多くのひとびとはわたしを筋金入りのスターリン主義者とみなした。ファシストや反動どもはわたしをスターリンの抒情的解説者として描きだした。それは特にわたしを苛立たせはしない。とてつもなく混乱した時代にはあらゆる結論が可能なのだ。……スターリン批判による暴露はわれわれの心を揺さぶったが、つづいて苦悩にみちた良心の問題がやってきた。あるものはだまされたと感じて、敵の議論を大っぴらに受け入れて、敵の戦列に移行した。またあるものはこう考えた──二十回大会によって容赦なく暴露された怖るべき事実は、世界に歴史的真実を示し、その責任をうけいれて生きつづける、ひとつの党の力をはっきりと示したと。
 もしもほんとうに、この責任はわれわれすべてにかかわるのであれば、スターリンの犯罪を告発するということは、われわれの学説の要素である自己批判と分析へわれわれを立ち返らせ、このような怖るべき事態が二度とくり返されぬように、そのために必要な武器をわれわれに与えたのである……」

 スターリン問題で深刻な苦悩を経験したネルーダもアラゴンも、こんにちのソヴェト連邦とソヴェト共産党の崩壊を見ることなく、この世を去ってしまった。彼らがこんにちの崩壊の状況を知ったら、どんな感概をおぼえたことだろう。
(つづく)

(新日本新書『パブロ・ネルーダ』)
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