『ベトナム詩集』詩人略歷

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 詩人略歷

テー・ハイン
 一九二一年、南ベトナムのクワンガイに生まれる。フランスにたいする抗戦に参加、そのなかで、彼の詩は深みとひろがりとを獲得する。純素朴で、センシブルな詩で、彼は祖国愛をうたっている。

グエン・スオン・サイン
 一九六五年ベトナム文学芸術連合会国際委員会主任。ベトナム運営委員会委員。ベトナム作家協会国際委員会主任。

トー・フー
 一九二○年中部ベトナムのフエに生まれる。フエの高校生の頃、すでに「インドシナ民主戦線」の機関紙に詩を発表。一九三九年に逮捕され、一九四二年に脱獄。中部ベトナムではげしい革命活動。一九四五年八月のベトナム革命の時には、フエ決起委員会委員長となり、一九五一年にはベトナム労働党中央委員となる。
 ベトナムの現代詩における、トー・フーの位置を理解するためには、第二次大戦前の数年にさかのぼらねばならない。一九三〇年の民族的蜂起の失敗、うちつづく大弾圧、そのために、ベトナム知識人の多くは深い悲観主義にとらわれる。文学は、逃避的なロマンチシズムの傾向に向う。一連の詩人たちは神秘主義者となる。
 こういう知識人の状況のなかで、非合法出版の雑誌に、まったく新しいひびきをもった詩が現われた。そこには、高級な読者をよろこばせる形式上の進歩と同時に、民族的人民的な詩の伝統が見いだされた。そこには、祖国と人民にかたく結びついた詩人の、熱烈な魂が反映していた。そればかりではなく、さらに、勝利の確信をもたらし、未来をきりひらく新しい政治思想が、詩によって展開されていた。
 長い闘争生活、地下生活のあいだ、トー・フーは人民──とりわけ農民と深くむすびついて生活した。こうして、トー・フーは、近代的・革命的な内容と、洗練された大衆性をもった、民族的な詩の伝統とを、みごとに統一し、調和させることができた。かれの詩は、人民のなかで、すでに古典のように、ひろく愛誦されている。
 トー・フーは、まことにベトナム革命の詩人となった。

スオン・ジウ
 一九一七年、北ベトナムのハチンに生まれた。革命前には、個人主義的で、ロマンチックな傾向をもった「新しい詩」運動の指導者の一人であった。一九四五年、彼は「祖国の旗」という詩をかいて、民族解放革命を熱情をこめてたたえた。それ以来、彼はいくつもの詩集で、人民の生活と、祖国の大きな変化とを表現している。詩集には、『詩集』(一九三八年)、『風かおる』(一九四五年)、『祖国の旗『(一九四五年)、『星』(一九五五年)、『個人と集団』(一九六○年)などがある。

タイン・ハイ
 革命後の世代にぞくしている。現に南ベトナムで活動しており、その戦闘的な詩は南ベトナムの解放区ばかりでなく、全ベトナムで歓迎されている。

グエン・ディン・テー
 一九三四年生れ。革命と抗戦によって育てられた世代の詩人。反ファシズム闘争の数年間、グエン・ディン・テーは、蜂起をよびかけた革命歌の匿名詩人であった。抗戦中、解放軍の軍事委員、人民軍戦士の生活を主題として、新しい抒情詩を開拓した。小説も書く。ベトナム作家協会の委員長。

ルー・チョン・ル
 一九一一年生れ。革命前、すでに「新詩」運動で有名であった。革命後、かれはさらにレアリズムの詩を書きつづけている。

ジャン・ナム
 南ベトナム解放民族戦線解放文芸協会中央委員。小説も書く。南ベトナムでもっとも活躍している詩人。

アイン・トー
 女流詩人。一九二一年、北ベトナムの小さな町、ハイデュオンに生まれる。彼女は革命前に、ロマンチックな傾向をもった詩集『田舎の風景』を出版した。
 革命後、彼女は長篇詩『ビュラン村の女』を出し、さいきん『鳩のつばさで』(一九六○年)を出した。

チャン・フー・トン
 一九二六年生れ。中部ベトナムの農民出身。革命後の世代の若い詩人たちのひとり。主として農民の生活をうたう。詩集に『八月の鈴』がある。

フィ・カン
 一九一九年、北ベトナムのファチンに生まれる。最初の詩集『聖火』(一九四○年) の大成功によって、ロマン的傾向の「新詩運動」の指導者のひとりとなる。一九四二年より、民族解放闘争に参加、一九四五年八月、民族解放国民委員会委員にえらばれ、現在、ベトナム文化部副部長。詩集に『空は日に日に明るくなる』(一九五八年)、『大地は花咲く』(一九六○年)などがある。

ホー・チ・ミン
 一八九○年生れ。若くしてベトナム解放運動に参加。フランス行きの船の皿洗いをして、パリーに行く。いろいろな仕事をして、パリーで数年を過す。フランスの社会党に入党して、植民地人民のために活発に活動する。一九二○年、ツール大会に代表として出席、「第三インターナショル」とフランス共産党の創立を支持する。
 一九二五年に、ベトナム革命青年同盟をつくり、一九三○年に、インドシナ共産党を創立する。同時に、第三インターナショナルの指導の下に活動、フランス官憲によって、十数年のあいだ追跡されたが、それを逃れる。彼はベトナム最初の共産主義的戦士を育てあげる。これらの戦士たちは、英雄主義と良識をもって、のちにベトナム革命を指導する。彼は初めて、ベトナムにマルクス主義の基礎をすえ、マルクス主義の光りに照して、ベトナムの民族解放と社会解放の道を分折した。
 一九三○年の蜂起失敗の後、植民地主義者の弾圧によって、ベトナムのブルジョワ政党及び小ブルジョワ政党が崩壊したので、民族運動の指導は共産党にゆだねられた。というのは、共産党だけが、この弾圧時代を、うまくきり抜けたからである。第二次大戦中、ホー・チ・ミンは、日本のファシスト軍と植民地主義に対して闘うため、ベトミン民族戦線を結成した。
 一九四五年十一月の民族的蜂起が成功した結果、ベトナム民主共和国が建設され、ホー・チ・ミンはその大統領にえらばれた。彼は、フランスとの友好政策を追求したが、フランスの右翼は、この若い民主共和国を圧服するのはやさしいと思いこんで、一九四五年来、戦争を始めた。この戦争は九年間つづいた。ディエンビエンフーの敗北の後、一九五四年七月、フランスは、ホー・チ・ミン政府と休戦条約を結んだ。アメリカの干渉によって重大な脅威にさらされた平和を救うため、ベトナム民主共和国は、国を一時的に、南北二つ に分けることを受諾した。一九五六年に行われる総選挙によって、ベトナムは統一されるはずであった。
 しかし不幸にも、南ベトナムにたいするアメリカの干渉によって、総選挙を行うことはできなかった。
 ベトナム人民は、その愛国闘争の長い経歴のためばかりでなく、彼が祖国の過去と未来とを一身に具現しているゆえに、ホー・チ・ミン大統領を敬愛している。彼は、ベトナムにマルクス主義をもたらした最初の人であると同時に、むかしの古い文字の伝統をもちつづけている最後のひとびとのひとりである。彼は、共産党を創立し、ベトナム最初の独立政府をつくり、人民の軍隊をつくった。しかし同時に、彼はまた現代ベトナムの最大の詩人、散文家のひとりである。ひろい教養を身につけた彼は、現代ベトナム語とおなじほど容易に、古典的な中国語を駆使し、フランス語、中国語、英語、ロシヤ語をすらすらと話すことができる。彼に接したひとたちを感動させるのは、とりわけ彼の偉大な人間性であり、彼の偉大なヒュマニズムである。ベトナム人民にとって、ホー・チ・ミンは、近代的な闘士の典型であると同時に、古風な賢者なのである。
 ホー・チ・ミンの名で知られる前まで、彼は長いことグェン・エ・クオック(日本風に訳せば、「愛国太郎」)という名でたたかっていた。
 一九四二年、彼が中国に滞在して、そこから反ファシズム闘争を指導していたとき、彼は、将介石の警察に逮捕され、一年あまり投獄された。そのあいだに、彼は『獄中日記』を書いたのである。

ホアン・ロック
 人民軍の指揮者で戦死した。ひじょうに感動的な詩をのこした。

バン・タイ・ドアン
 少数民族マン族出身の詩人。貧しい農民の子として生まれる。若くして解放軍に参加し、北ベトナムの山岳地帯で日本軍とたたかった。この戦闘のなかで、かれはマン族の言葉で詩を書きはじめた。郷土色ゆたかな彼の詩は、たちまち大衆の愛誦するところとなった。詩集『ホーおじさんの塩』がある。

ノン・クオック・チャン
 一九二三年生れ。少数民族タイイ族出身。若くして革命運動に参加、日本軍の占領中は、北ベトナム地方でゲリラ隊員として闘う。詩「村へ帰える」は一九五一年の世界青年友好祭で入賞した。詩集に『戦う北ベトナム』、『北ベトナムのひとびとの歌ごえ』、『花咲く山のひとびと』などがある。

ホアン・チュン・トン
 一九二二年に生まれる。一九六五年ベトナム作家協会運営委員会委員。作家協会機関誌『文芸』編集委員会書記。

チェ・ラン・ビィエン
 一九二○年、中部ベトナムのクワントリに生まれる。十六歳で出した最初の詩集『廃墟』で、一躍詩名を馳せる。抗戦中は、ジャーナリスト、報道者として活動。最近は、祖国の新しい生活をうたっている。『廃墟』 (一九三六年)、『わが兄弟 きみたちに』(一九五六年)『光りと新生地』(一九六○年)などがある。

(『ベトナム詩集』飯塚書店 1968年)

ベトナム
1965年に、米軍は南ベトナム中部のダナンへ海兵隊を上陸させた。緊迫する情勢下で軍への入隊を迎えた若者たち
1966年 ハーナム省リーニャン マイ・ナム(ベトナム写真展 2006年)
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