ときざわの佐々木家のこと

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ときざわの佐々木家のこと

 前橋市の北にある時沢地域に静江の母親・鈴木さわの実家があった。古くからの医家で、佐々木医院を開業していた。静江も子供の頃はよく遊びに行って愛着があったようで、「ときざわの佐々木家」の名をよく口に出し、帰省したときに子供たちを連れていったこともある。
 最近、佐々木医院の佐々木惠子さんからのはがきが見つかった。博光の『老いたるオルフェの歌』寄贈への礼状であった。

 春の陽射しが眩い季節になりました。
 御健勝にてお過ごしの御事と存じ上げます。
 さて、この度は詩集「老いたるオルフェの歌」をお送り頂き 誠に有難うございました。子供の時は一緒に遊んで、楽しかった思い出一杯の静江さんでしたが、近年はあまりお会いする事もなく、たった一度、もう10年位前でしようか、訪ねて来て下さいましたが、その時はこれが最後などと全く思って居りませんでしたので、何気なく別れてしまいましたが、でも、あの時お会いしたから、今静江さんのお顔を思い出す事が出来ますが、そうでなかったら、子供の頃のお顔しか知らないで済んでしまったのではなかったでしょうか。
 お送りいただきました詩集の詩の一つ一つを拝見させて頂き、静江さんは幸せだったんだなあ、と羨ましくなってしまいます。
 有難うございました。この御本は大切にして折にふれ読ませて頂き、静江さんを思い出すよすがに致したいと存じます。
 時節がら御自愛のほど祈り上げます。
  3月23日
大島博光様
                  佐々木惠子拜

 母を連れて最後に前橋を訪問した時のことが思い出された。
 静江が足が不自由になって療養していた頃のある日、前橋に行きたいというので二人で日帰りドライブした。言われるままに運転して着いたのが前橋の郊外の畜産試験場だった。あたりは田園地帯で、桑畑が広がっていた。静江は桑畑の一画に立ち止まり、懐かしそうに見やりながら立ち尽くしていた。青春時代の思い出に浸っているようであった。誰との思い出なのか、想像してみた。博光とのデートは軽井沢が中心で、わざわざここまで来る必然性がない。前橋高女の教師に失恋したと語っていたが、当時は教師とのデートなど考えられない。女学校の遠足で来て楽しいことがあったのかもしれない。
 ドライブの第二の目的地・佐々木医院は車でそこからすぐの所にあった。私を廊下のような所に残して静江は奥に行った。医者になった私を佐々木家の人に見せたかったようだが、先方が忙しかったようで、会うことはかなわなかった。私を会わせることは出来なかったが、静江にとって惠子さんと最後の顔合わせが出来て無駄ではなかったのだ。

静江

静江のアルバムに貼られていた女学校時代の大きく引き伸ばした写真。畜産試験場もこんな雰囲気だった。



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