英雄・殉難者・詩人たちの名誉 2)戦争中の七つの愛の詩

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2)戦争中の七つの愛の詩

 一九四三年十一月、敵の追及がさらにきびしくなったので、エリュアールはパリを離れ、ロゼール県サン・タルバンの精神病院に身をかくす。そこは南仏、中央山塊の東南部に位置する僻地である。院長のリュシアン・ボナフェはトゥルーズ大学の学生時代からの共産党員であった。このサン・タルバンに、エリュアールとニューシュは一九四三年十一月から一九四四年二月まで滞在する。彼は隣りの県のサン・フルールにアマルジェという印刷屋をみつけ、そこに非合法出版の印刷を託すようになる。「戦争中の七つの愛の詩」がジャン・デュ・オーのペン・ネームで印刷されたのも、このサン・フルールにおいてである。また三ヶ月におよぶこの滞在中に、彼はのちに「狂人病院の思い出」として出版される文章を書く。

 「戦争中の七つの愛の詩」には、つぎのような忘れがたい有名な詩がある。

   戦争中の七つの愛の詩
      わたしは書くのだ 人びとが汚物と渇きのなかに
      沈黙と飢えのなかに 閉じこめられているこの国で…… 
               怒れるフランス人「グレヴァン蠟人形館」


  きみの眼のなかで 一艘の舟が
  風を自由にあやつっていた
  きみの眼は祖国だった
  ひとはたちまちその祖国を見つけだす

  辛棒づよいきみの眼はぼくらを待っていた

  森の木かげで
  雨のなかで 嵐のなかで
  山の峯の雪のうえで
  子供たちの眼と遊びのなかで

  辛棒づよいきみの眼はぼくらを待っていた

  その眼は 芽生えたばかりの
  草の芽よりも柔かい谷間だった
  その太陽はずっしりとした重みを与えた
  人間たちのわずかな収穫に

  ぼくらに会うためにぼくらを待っていた
  いつも
  なぜなら ぼくらは愛を持っていたから
  愛の若さを
  愛の理由を
  愛の知恵を
  そうして不滅を

     *

  ……
  おれたちはいつも愛し合ってきた
  そしておれたちは愛し合っているから
  おれたちは願う 凍るような孤独から
  ほかの人たちを解き放ってやりたいと

  おれたちは願う というのはおれが願い
  きみが願うということ つまりおれたちは願う
  光が永くもちこたえさせてくれるように
  勇気に輝く夫婦たちを
  大胆さで武装した夫婦たちを
  なぜなら彼らはじっと眼を向き合わせているから

  そして彼らの目的は ほかの人びとの生のなかにあるのだから

 ここに歌われているのはまさに新しい愛である。──夫婦愛から万人愛への移行・前進が、ここで詩的表現を与えられたのである。
(つづく)

(新日本新書『エリュアール』)

バラ

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