8) 純粋詩に反対する

ここでは、「8) 純粋詩に反対する」 に関する記事を紹介しています。

 アラゴンは、以前にも、詩のかたちでヴァレリイ主義を批判している。詩集『エルザの眼』に収められているその詩を、ここに引用しておこう。

      純粋詩に反対する

鳥どもの 群がり集まる泉 深い泉に
愛のない水のように 冷めたい泉に
鳥どもは 世界の四方から飛んできて
軽やかな水と朽葉色の光の中で戯れる
  そしてこの世のことなど忘れてしまう

鳥どもの群がる泉 死のように虚偽のように
また蜜のようにすがすがしく 狂った泉に
サルビアの花が夢み 薄荷の匂いが漂い
翼ある空の巡礼どもは 陽を浴びて顔の隈も消え
  もろもろの苦悩や苛責も忘れてしまう

来るわ来るわ 孔雀 駒鳥 ごしきひわ
雀 つぐみ 四十雀 みんなが歌う合唱会
そこへ臆病な大鹿がやってきて まぜかえす
羽根にくるまった天使が ねたましげに
  この図を森の頂からじっと見ている

だが あの強情なやもめ鳥は けっして来ない
あの 明るい襟飾りをつけた 黒い燕は
みずから 嵐に囚われた アンドロマック(1)は
あの 優しい拒否の鳥は 泉から遠く離れ
  空とぶ影も映さぬのだ

「シッド(2)のいとしい愛する鳥 シメーヌ(3)よ
悦楽の冷たい水の中で 忘れはてるのが恐(こわ)いのか
おまえが いつも持って廻わる 空の喪を
わしになびこうともしなかった つれない燕め
  薄情な燕め わしはおまえをほめてやる

消え失せたものに 何故なおも忠義だてするのか
おまえの百姓のように わしにも羽根がある
白黒まだらのやもめ鳥め」」 しやぐま百合の茂みの奥で
鷲が 鴬の声音(こわね)をまねて 燕に歌いかける
  土蛍の飛び交う 長いながい夜のなか

鷲よ そんな変装をしても わたしはだまされぬ
わたしの望む悦びは わたしの不幸が変わること
緑の枝一つあれば わたしはゆっくりと休めるのだ
さて 一輪の薔薇をもとめて 野から飛び立とう
  敵にくらわす一撃こそは 一輪の花なのだ

どこであれ誰であれ 純粋な水など濁してやろう
おまえが火を差し出したら 吹き消してやる
心臓を差し出したら どぶに投げ捨ててやる
ああ なんと昼の痛ましく 夜のなんと長いことか
  幽霊たちの立ち上がる朝が 待ちどおしい

エクトール(4)だけがアンドロマックを また哀れなシッドがシメーヌを
そしてその運命の大きなざわめきを作ったのだ
わたしを あの芝居小屋の旅役者たちに似せた
できるものなら 湖に映った星を数えるがいい
  死者たちの空をこそ わたしは泣き悲しむのだ

死者たちの思い出も消えうせる 夢の泉に
みごとな鳥の世界の とりどりの色が渦巻く
おお 詩は鏡なのに おまえの水の甘美な作りごと
葦の間のおとぎ話 鳥どもはそこへ飲みにゆく
  黒白まだらの 鳥のほかは

もしも傷ついた鳥が 泉をさげすむなら
その燕こそは わたしの心 燕を射ち落そうと
石弓を構える者は わたしを狙うのだと知れ
わたしが まやかしよりは生活を選び
  栄誉よりは 血を選んだがゆえに
                    (『エルザの眼』)

(1)アンドロマック──ジャン・ラシーヌ(一六三九ー一六九九) の戯曲「アンドロマック」のヒロイン。
(2)シッド──ピエール・コルネイユ (一六○六ー一六八四) の戯曲「ル・シッド」の主人公ロドリーグのこと。
(3)シメーヌ──「ル・シッド」のヒロイン、ロドリーグの愛人。
(4)エクトール──前記アンドロマックの亡夫。
(この項おわり)

(『アラゴンとエルザ 抵抗と愛の讃歌』)

和泉

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