6)『グレヴァン博物館』 わたしは書くのだ……

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   わたしは書くのだ……

わたしは書くのだ 黒死病(ペスト)に喰い荒された国で
あのゴヤの悪夢の 再来したような国で
犬どもが 「精神の糧(かて)」ばかりをつけねらい
白い骸骨が 大豆畑をたがやしている国で

人相のわるい大男が あたりをうろつきまわり
鞭(むち)をふるって 家畜を追いたててゆく国で
怖るべきわざわいの日々の 非情の空の下
野獣や猛禽(もうきん)どもが 爪で獲物を奪いあう国で

傀儡(かいらい)どもの足に踏みつけられて 息もつけず
車の轍(わだち)で 国の奥まで掘られ抉(えぐ)られ
ペトーシュ王の名で しぼりとられる国で
人間面(づら)した狼どもの餌食となる 恐怖の国で

わたしは書くのだ 人びとが汚物と渇きの中に
沈黙と飢えの中に 閉じこめられている国で
ラバールの統治下 まるでヘロデ王の治世のように
母親の目の前で 息子がひったてられてゆく国で

わたしは書くのだ 流れる血で顔かたちもゆがみ
傷だらけ痛みだらけで 呻めいている国で
押し入るにまかせ 雹にうたれる市場のような国で
死神が 骨のかけらでお手玉をする 廃墟の国で

わたしは書くのだ 警官が 夜(よる)の夜ふけに
家々に踏みこんできて 人びとをひっ捕え
刑事どもが 愛国者たちに口を割らせようと
その傷(いた)めつけた手足に くさび打ちこむ国で

わたしは書くのだ 山なす死者たちにじっと耐え
その赤紫いろの傷口を 人眼にさらしている国で
猟犬の群が むらがってその上に咬みつき
下僕が角笛吹いて 獲物の分け前を分けあたえる国で

わたしは書くのだ 屠殺者どもに皮剥(は)ぎとられる国で
そのむき出しになった神経 臓腑 骨が見える
またわたしは見る 松明(たいまつ)のように燃えあがる森を
燃える麦畑のうえを 逃げまどう小鳥たちを

わたしは書くのだ 身の毛もよだつ非道が横行し
外国の兵隊たちの 寝息がきこえる深夜のなかで
遠いトンネルのなかで 列車が悲鳴をあげる
抜け出られるかどうかは だれにもわからぬ

わたしは書くのだ 二人の敵手が闘かう決闘場で
一方は 飾り馬にまたがり 鎧(よろい)かぶとに身を包み
片方は 敵の剣に 見るも無残に切りきざまれ
身にまとうものとては ただ勇気と正義だけ

わたしは書くのだ 予言者ばかりか国民ぜんぶが
獣(けもの)なみに つき落されている この穴のなかで
誰か叫んでくれ この辱しめを忘れるな
とうぜん食う権利のある肉を 奪い返えせと

わたしは書くのだ 俳優たちがその花道も幕間も
楽屋も失(な)くしてしまった 悲劇の書割のなかで
侵略者たちが わずかばかりの無知なやからに向って
大言壮語をもぐもぐと読み上げる 空(から)っぽの劇場で

わたしは書くのだ 怨嗟の声がおうおうとみなぎる
巨大な徒刑囚船(ガリー)の中で またわたしは書くのだ
拳(こぶし)で壁をうちたたく合図の音が 年獄じゅうにひびき
看守たちを面くらわせる タぐれの地下牢で

これでも君らは わたしに花を歌えと言うのか
もう 叫び声などを歌ってはならぬ というのか
あの七色の虹のうち 今わたしの愛するのは三つの色だけだ
しかもわたしの好きな歌を君らはもう禁じてしまったのだ

どうして我慢できよう 泡杓子(あわすくい)のように穴だらけのこの世界に
そこにのさばる不法と あの呪わしい怪物どもに
そして わたしは 消えた「楽園」の思い出を呼び起こし
そのしらべに わたしの歌を結びつけずにはいられぬのだ

わたしは歌おう 心なき がらくたの言葉で
こんこんと降る雪よりも もっとさり気なく
新聞で読むような ざらざらとした言葉で
そうして みんなの言い廻わしで 語るのだ

ふと アスファルトに落ちた 銅貨の音に
ひとが 歩きながらも 振り返えるように
不幸の噂は 誰いうとなしに 伝わってくる
それは降って湧いたような言葉 立ち去らぬ言葉だ

フランスの言葉は 二重の意味の希望をひめる
雨の降ったことを 忘れやらぬ牧場のように
もっとも単純な言葉が もっとも強い力をもち
その協和音で 長い余韻を残して ひびくのだ

鳥たちを歌おうと えびら萩の茂みのなかで
色あせてゆく八月の その移ろいを歌おうと
また風について歌い 薔薇について歌おうと
わたしの歌はちぎれて すすり泣きに変わるのだ

野に花が散るや わが人民は鎖につながれる
わたしの眼の中に べつの詩が燃えあがる
この空模様では なにもかも地獄の匂いがする
シレジアの塩坑にたちこめているあの匂いだ

おろかなことだ 口に出さずに黙っていようと
たれもかれも 知ってることを 詩に歌うとは
だが このドイツの牢獄を フランスの調べで歌うなら
かれらの悪事は 羽根が生(は)えて 忽ち知れわたろう

わたしがなお歌うのは 憎しみの太鼓をうち鳴らし
歌の調べのなかに その教訓をきざみこむためだ
ポーランドの国ざかいには 拷問地獄がある
その怖ろしい名を 口笛や指笛が吹き鳴らす

人間の力のぎりぎりの世界 ぎりぎりの飢え
キリストも こんな怖ろしい目には会わなかった
こんな果てしもない 胸えぐる非情の世界に
人間の魂が投げこまれるとは 知らなかった·

アウシュヴィッツ アウシュヴィッツ 血のしたたる音綴り(おんつづり)よ
ここにひとは生き 火の消えるように死んでゆく
ひとはこれを なぶり殺しの刑と呼んでいる
われらの同胞が ここで徐々に死んでゆくのだ

ここに繰りひろげられるのは 苦痛のオリンピックだ
恐怖が 死にもの狂いで 死とたたかうのだ
しかもそこに フランスの選手団がいるのだ
わが国の 百人の女たちが そこにいるのだ

見るがいい 栄光にみちた百の花たちが
この不幸な祖国の名誉を その血で守りぬいたのを
残酷無残な学校における その百の教訓から
われらは学びとろう 愛とは 憎むことだと

息子や 兄弟や 夫たちに 聞くもなつかしい
その百の名を いまは告げるわけにはゆかぬから
せめてこの不幸のどん底で あなたたちに挨拶を送ろう
マリー・クロードの名を呼んで マリーよと

そして『自由』の絵図で 最初の叫びをあげてる女のように
最初に夜(くらやみ)のなかへと逝き はるか墓の彼方で
光りと化したマリー・ルイズ・フルーリよ
わたしは あなたに挨拶をおくる マリーよ

  ああ 怖るべき種まきが
  この長い夏を 血で色どる
  あまりにひどすぎる 聞けば
  ダニエルもマイユも殺(や)られたという

  奴らは ひと切れひと切れ 切り刻むのか
  連れ去った わが優しいフランスを
  噂をきけば 悲惨なわれらの野に
  暗闇は いよいよ濃くなるばかり

  言葉は無力で うまく伝えてくれぬ
  マイユよ ダニエルよ わたしには自信がない
  わたしの胸と歌とを ひきちぎる
  この物語を どう語り終えるか

百の顔をもったフランスのマリーたちに 挨拶をおくる
あなたたちの或る者は 人質を殺した人殺しどもの
ぬぐいとれぬ悪名を 永久に 告発するのだ
愛した仲間たちのあとに ただ生き残ることで

生き残ってるあなたたちを 男たちは待ちこがれている
奴らのむごい仕打ちを知って 身ぶるいしている
様子を知ろうにも 手がかりは風の便りの噂ばかり
もう その怖ろしい重荷に うちひしがれているのだ

それでも彼らは 遠いあなたたちの真相がわかるような気がして
も一つのむごい不幸が降りかからぬかとおののくのだ
あなたたちが帰えってくれば 彼らは生れ変わる
だがどうしたら 奪い去られたあの人に会えよう

しかし 愛から生れるのにさえ 苦しみがあるのだ
帰ってきたら どんな暗い話をすることかと
彼らは 夜もねずに 昼はぼんやりと思いふける
あなたたちの徴笑みさえ見れば すべてはまた始まるのだが

あなたたちがめでたく帰ってくる その時には
おのぞみどおりの花々を飾って 迎えよう
かがやく 未来の色をした花々で 迎えよう
どうしても 帰ってくれなければならぬのだ

あなたたちの席は 優しい光に照されよう
子供たちは 拷問された手にくちづけしよう
あなたたちの疲れた足もとで すべては柔い苔となり
音楽があなたたちの心を慰め 部屋を和らげよう

夜がやってくると 庭は生きいきと 息づこう
夏の茂みはそよぎ 野は深(ふか)ぶかと広がろう
たちまち 燕が窓にやってきて 告げるだろう
マリーよ ようこそ お帰えり マリーよと

おお 怪物どもの手から奪い返えされ 平和にもどった
わがフランスよ 難破をまぬかれた船よ 換拶をおくる
オルレアンを ボージャンシーを ヴァンドームをほめ讃える祖国よ
鐘楼の鐘よ 鳥たちのために アンジェラスをうち鳴らせ

雉子鳩の眼をしたわがフランスよ 挨拶をおくる
わたしの苦しみも わたしの愛も むだではなかった
わが古くて新しい葛藤の国 わがフランスよ
英雄たちの眠っている大地よ 雀のむれとぶ空よ

嵐もさって 風も凪(な)いだわがフランスよ
地図を見れば 海風に向って掌(てのひら)のように開き
遠い沖の鳥たちが飛んできて 羽根をやすめる
わが永遠のフランスよ あなたに挨拶をおくる

リールからロンスボーへ ブレストからモン・スニへと
渡り鳥は 飛びまわって 初めて学びとったのだ
自分の巣を棄てて 飛びまわるに 価いするものを
わがフランスよ わたしはあなたに挨拶をおくる

鳩の祖国であるとともに 鷲の祖国でもある祖国よ
ごり押しの厚顔と 湧き起る歌声とが 同居している祖国よ
小麦と 毒麦とが 気まぐれな太陽のひかりで
ともに実(みの)るわがフランスよ あなたに挨拶をおくる

あの驚嘆すべき日日 民衆がめざましい働きぶりを
発揮した わがフランスよ あなたに挨拶をおく
人びとは歓呼の声をあげて はるばる首都にやってくる
パリ 三年の蹂躙(じゅうりん)に耐えぬいた なつかしいパリよ

幸いなるかな 偉大なるかな 勝利の虹をかかげ飾るものは
虹がかかったからには もう雷鳴はとどろかぬだろう
かちとった自由に 鳴りをひそめていた竪琴(ハープ)もまた鳴り出す
おお 栄えあれ 大洪水をくぐりぬけた わがフランスよ
(つづく)

(『アラゴンとエルザ 抵抗と愛の讃歌』)

池



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