地下生活と『グレヴァン博物館』1)『詩法』とドクールの死

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 地下生活と『グレヴァン博物館』

1)『詩法』とドクールの死

 トゥールの兵営から幸運にも釈放されたアラゴンとエルザは、パリに潜入する。そこで作家の抵抗組織として「作家全国委員会」を創設するために、ポリッツェルやドクールと協議し、またジャン・ポーランと協力する。こうして、「作家全国委員会」の機関紙として「レットル・フランセーズ」が、ドクールの編集のもとに発行されることになる。しかし、一九四二年一月、まさにその第一号が印刷されているとき、ドクールは、ボリツェル、デュダック、ソロモンらとともに逮捕された。かれらは、残虐な拷問をうけたのち、一九四二年五月、モン・ヴァレリアンでナチによって銃殺される。
 このニュースを知って、アラゴンは『詩法』を書く。

 「五月」の死者たち わが友らのために
 いまよりは ただ かれらのために

 わたしの詩韻(うた)が あの武器のうえに
 流される涙のような魅力をもってくれるように

 そうして 吹き狂う風とともに
 変りゆく生けるひとびとのために

 わたしの歌が 死者たちの名において
 悔恨の白い刃を 研ぎすましてくれるように

 絡(から)みあう言葉たち 傷ついた言葉たち
 そこで罪人が叫んでいるような詩韻(うた)

 言葉は 詩韻(うた)は 悲劇のさなかで
 水をうつ艪のように二重の響きを奏でる

 ありふれた言葉よ 韻よ 雨のような
 かがやく 窓硝子のような

 ふと行きずりに見る 鏡のような
 胴着のうえの 萎れた花のような

 輪を廻わして遊ぶ 子供たちのような
 小川のなかにきらめく 月のような

 戸棚のなかの ねなしかずらのような
 思い出のなかの 匂いのような

 韻よ 韻よ そこにわたしは
 高鳴る赤い血の ぬくみを聴く

 思い出させてくれ われらもまた
 あの人たちのように 勇猛なのだと

 そしてわれらの心の 崩折れるとき
 忘却から われらを呼び覚ましてくれ

 虚(うつ)ろな火屋(ほや)が 音立てる
 消えたランプに 火を点(とも)してくれ

 わたしは歌う いつまでも
 「五月」の死者たち わが友らのなかで
                     (『原文におけるフランス語で』)

 この詩は、スイスの「Curieux」誌(一九四二年八月)に掲載されて、「自由地帯」に合法的にひろめられた。ここで歌われている「五月」が、あのドクールたちの銃殺された怖るべき四二年五月であったことを知らなかった人たちには、一九四○年五月のダンケルクの死者たちを歌ったものと思われたかも知れない。さらにまた、それは一八七一年のパリ・コミューンの五月の死者たちをも思い出させるだろう。ここに、歴史的事実にたいするふくみに富んだ詩的表現の問題がある。これら「五月の死者たち」の英雄的な肖像は、『殉難者たちの証人』のなかに描かれている。ドクールは死にのぞんで、つぎのような手紙を書き残した。
 「お察しのように、ぼくは、今朝(けさ)じぶんの身に起ることを二ヶ月前から予期していました。だから、それにたいする心がまえをする時間もあったのです。しかし、ぼくには宗教などなかったので、死についての瞑想に沈むということもなかったのです。ぼくはちょっとばかし、自分が木から落ちて腐葉土となる、一枚の木の葉のようなものだと思っています。腐葉土の質は、木の葉の質にかかっているのです。ぼくが話したいのはフランスの若者たちのことで、ぼくはかれらに希望のすべてを託しているのです」
(つづく)
(『アラゴンとエルザ 抵抗と愛の讃歌』)

森


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