『エルザの眼』(18)ひとつの国民詩のために

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  ひとつの国民詩のために

アランよ きみは息つくひまもない 
八月のさなかに 見かける雪で
どこからともなく 降ってくる雪で
羊の群から飛び散る 羊毛のように 
鯨が吹きあげる 潮(しお)しぶきのように

きみはわたしに思い出させるのだ きみの名によく似た あのベルトラン・ド・ボルン(1)と名のった 人を

アラン・ボルヌよ きみの詩はまるで 
あの遠いむかしの 国にも似ている
えりぬきの娘たちが 待っているのだ 
一角獣(2)のいた 美しい時代のように
ベルトラン・ド・ボルンが歌ってくれるのを

生き甲斐と愛し甲斐とを 愛し甲斐と愛に殉ずる死に甲斐とを 歌ってくれるのを そのことを忘れないでくれ

ベルトランは シェへラザードにもまして
時をかせぐ すベてを知っていた
次第に若者たちは 立ち上ってゆく
どうして心くじかれてなどいられよう 
ほかの人たちが 十字軍に出かけてゆくのに

わが金髪の愛人が チール(3)ではなくてフランスにいる時 しかもサルタンが枕を高くして安穏と暮らしている時

わが秋の 霜のおりた巻毛のなかに
うっくしかった わたしの夏を失っても 
もう かまわぬ 忘却の河 レテの河水(4)は 
愛の注いだ 血の味をたたえているのだ
そして接吻(くちづけ)(5)は いつもわたしの心をゆさぶるのだ

口の中で描きながら 描き終らぬ前に 崩れてしまった 金いろの輝かしい面影どうように
だがまさに 電が降ったそのとき
ベルトランのうたう歌声が聞こえたのだ
その危険は また別種のものだった
それともあれは きりぎりすの歌だったのか
フランスは 石蹴り遊びの夜ではないのだ

小石をほかの流れに蹴りやるように わが人民とわが心とを天国から地獄 へ突き落とすとは

生き甲斐と 愛し甲斐とは
うつろう季節のように 変わるのだ
われらがいま酔っている 青い言葉も
いっか われらを酔わせなくなる
フリュートもラッパの音に消されてしまう

ああ 茫洋としたわれらの地平線の その広さにふさわしい調ベが 戦いの中から湧き起こるだろうか

不幸は フランドルでわたしを捉え
ルーシオンまで 胸をしめつけて離れぬ
戦火をくぐり抜けて われらは叫ぶ
われらの歌を 火とかげの歌を
だが誰が この叫びをまた叫んでくれよう

死んだ人たちにも 生きてる人たちにも声をあげさせ 灰の中から火を掘りおこし そこに蟋蟀(こおろぎ)をとき放とう

大地も しゃベる舌をもつがいい
壁も 舗道も くちびるをもつがいい
みんなが話せ 語れ よく知ってる君たち
恐ろしい秘密を見とどけた 君たち
血は 黙りこんでいることを許さぬのだ

ついにフランスが その長い珠数をつまぐって すさまじいパーテルの祈りを すさまじいアベ・マリアの 祈りをあげてくれるように

波のなかに ひそんでいる海獣が
雑木林のなかを うろつく狼が
その序曲をきいて 身ぶるいした
歌手たち 鼻をふくらませて高く歌え
アレキザンドルの調ベで

一本の草の芽もひとつの息吹きも 一瞬のためらいもなく その胸の「ハ音」を祖国にささげねばならぬ

アランよ きみは息つくひまもない
八月のさなかに 見かける雪で
どこからともなく 降ってくる雪で
羊の群から飛び散る 羊毛のように
鯨が吹きあげる 潮しぶきのように

きみは わたしに思い出させるのだ きみの名によく似た あのベルトラン・ド・ボルンと名のった詩人を

(1) ベルトラン・ド・ボルン──十二世紀の有名な吟遊詩人たちのひとり。
(2) 一角獣──神話の怪獣。からだは馬で、頭は鹿だが角は一本しかない。
(3) チール──フェニキアの都。三世紀頃、アレキサンダー大王の軍勢に包囲されたが、抗戦したことで有名。 
(4) レテの河──ギリシア神話にある冥界の河。
(5) 口吻──ここでは、祖国へのくちづけの意味で、愛国者たちの献身的な犠牲の意味がこめられている。

(この項おわり)

(『アラゴンとエルザ 抵抗と愛の讃歌』)

花々

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