『エルザの眼』(17)五月の夜

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 五月の夜

妖怪(1)どもは わたしの通った道を見張っていた
だが 野に立ちこめた深い霧が その警戒の眼を遮った
夜は 軽やかな足どりで 野のうえにやってきた
そこでわれらは ラ・バッセ(2)の城壁を後にした

百姓家の火が 人影もない野の奥で燃えている
溝の草の茂みに ひっそりとうずくまった
飛行機が一機 念仏のような唸りをあげて飛び
アブラン・サン・ナゼール(3)の上空で ロケット砲がその翼を揺る

うろつく妖怪どもは 足どりももうめちゃくちゃだ
同じ処をぐるぐる廻って 頭もふらふらしている
恐怖の羽根飾り(4)が 地平線にせり上る
戦車にふみにじられた アラース(5)の家々の上に

わたしは見る 二つの大戦が出会い重なりあうのを
見るがいい この共同墓地を あの殉難の丘を
ここでは夜が 墓の中の孤児たちの夜に重なりあう
むかしの亡霊が きょうの亡霊といっしょになる

おれたちは花環もない草の中で どんなに夢みたことか
地上を 自分の墓穴を 墓碑銘のない日附と名前を
だからおれたちは おまえらの神話(6)の中に生き返えってやろう
もう古戦場案内人の 歯の浮くような声もきこえてはこぬ

二十年たっても死にきれぬ ビミイ(7)の蒼い幽霊たち
おれは 夜明けへ通ずる道だ 突破口だ
尖塔のまわりを廻わる風見だ そしておれは危険に身をさらすのだ 
「眠れぬ者たち」「死にきれぬ者たち」よ 君らのさまよう場所で

思い出のパノラマよ 苦しむのは もうたくさんだ
あれは終ったのだ 静かにお休み だが再びとどろく大砲に向って
君らの誰かは反対(ノン)と叫んだ このえせトリアノン宮殿(8)は
白い十字架と緑の芝生を敷きつめても まさしく殉難の丘なのだ

もしも怒りに身を震わせるなら 生者も死者もおんなじだ
生きていても寝床で眠ってる者は 死者と変りがない
こよいは 生きてる者が その墓穴から這い出し
眼をさました死者たちが 身を震わせて生者のまねをするのだ

かつてこんなに敵意にみちた夜があったろうか
ミュッセ(9)よ 君の美神と執念とは何処へ行ってしまったのか
どこかに えにしだの香りがただよっている
いまはまさに 一九四○年の 「五月」の夜なのだ

(1) 妖怪──ドイツ軍を指す。
(2) ラ・バッセ──フランスのノール県の町。ラ・バッセ運河の中心点。
(3) アブラン・サン・ナゼール──ノール県の南境に近い、パ・ド・カレー県の町。
(4) 恐怖の羽根飾り──フランス軍(連合軍をふくめて)の軍帽の羽根飾りが地平線にちらちら見えるの意。つまりそれはドイツ軍にとって恐怖を意味していた。
(5) アラース──パ・ド・カレ県の町。第一次大戦でドイツ軍の砲撃によって破壊されたが、ドイツ軍はついに占領することができなかった。
(6) おまえらの神話──ナチの神話。ここでは、その神話によってひき起した第二次大戦そのものを指す。
(7) ビミイ──アラースの北にある町。第一次大戦の激戦地。
(8) トリアノン宮殿──ルイ十四世によってヴェルサイユに建てられた豪華で有名な宮殿。
(9) ミュッセ──十九世紀のフランスの詩人。詩集『夜々』の詩人として、ここで暗喩的に用いている。

(つづく)

(『アラゴンとエルザ 抵抗と愛の讃歌』)

夕やけ



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