『エルザの眼』(16)エルザへの讃歌 6 エルザワルツ

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六 エルザ・ワルツ

どこへ行くのか もの想いよ どこへ行くのか強情なものよ
スフィンクスは じっと 燃える砂のうえに膝まずき
「勝利の女神」は 身じろぎもせず 色褪せて
  石壁のなかに 閉じ込められ
古代のはしけから 飛び立つこともかなわぬ

なんと心魅く 魔法のような 未知のワルツが
狂おしい思いのように いやおうなしに おれを捉えることか 
おれは足もとに感じる この痛ましい時代の ながれ行くのを
  エルザよ この音楽は何んだろう 
もう踊っているのはおれではない 足もただ誘われるまま

このワルツは ソーミュールの葡萄酒にも似た 一杯の酒 
このワルツは おまえの腕の中で 飲みほした あの酒だ 
おまえの髪は 金色に輝やき おれの歌は 顫え高鳴る 
  さあ このワルツを踊ろう 壁をとび越えるように 
おまえの名がつぶやかれる エルザは踊り 踊りつづける

ワルツの中に 青春がきらめく おれたちの若い日は 短かかった 
泣いたことを まぎらわしに おれたちは モンマルトルへ行った 
おれたちの夜は あの小窓の 秘密も 失くしてしまった 
  しかも 愛までも忘れてしまったというのか 
あんなに重い愛までも エルザは踊り 踊りつづける
 
それから人生は 夢のかかとで ぐるっと廻った
おれは多くの友を失った ある者は目先の富籤(とみくじ)を引いた
眠りながら 海綿への愛などを語ったものもいた
  暗闇に蝕まれた 奇妙な連中
誤ちだらけのほら吹きたちが 英雄たちをあざ笑っていた

覚えているか お白粉をつけた つややかなネグロ女が 
ま夜なかに おれたちのために 歌ってくれた あの歌を
夜明け前に 家に帰って おれたちは ひと息いれた 
  そんな夜夜が 飛ぶように過ぎ去った
おお 怒ることもなかった時代よ エルザは踊る 踊りつづける

月賦で 買った タイプライターの おかげで 
おれたちは 毎月 ひどい 苦労をした 
愛するにも 金が要るのに おれたちは 一文なしだった
  おれの気遣いは おまえが微笑んでくれることだった 
だからおれには言えたのだ エルザは踊る 踊りつづけると

それから人生は 硝子のかかとで ぐるっと廻った 
運命のジプシー楽師は ヴァイオリンを替えた
おれたちは きびしい世界をよぎって 旅をした 
  世界は 頭をのけぞらせて 
陽気なアコーデオンにまじえて 息苦しげな呻めきを挙げていた

おまえは 町と夜のために 宝石をつくった 
おまえの手の オペラの中で すべてが廻って 頸飾りになった 
ぼろの 小ぎれや こわれた鏡の かけらなどが 
  後光のように美しい 頸飾りになった 
信じられぬほどに美しい頸飾り エルザは踊る 踊りつづける

おれは売りに行った ニューヨークの商人へ それから 
べルリンや リオや ミラノや アンカラの商人へ 
おまえの指が 砂金を採るように がらくたから作った その宝石を 
  花花にも似て おまえの色を帯びた 
その小石たちを エルザは踊る 踊りつづける

それから人生は 激動のかかとで ぐるっと廻った
閃めく稲妻が ネオンサインを さっとよぎった
黒雲の馬どもが 嵐の馬車を曳きまわし
  いななき叫ぶ声が 聞こえた
ジャズは アコーデオンを 太鼓に替えた

つぎに来る者は もう思うままには 踊れまい 
シーザーが 金狼の群を 野に放って 君らを喰い散らす時 
だが ラザロの墓の上に 湧き上るのは 何んの歌だろう
  おまえに聞こえるか あの時ならぬリズムが 
一か八かの舞踏会で エルザは踊る 踊りつづける

荒れ狂う嵐と 運命のなかを おれたちは よぎってきた 
地獄は 地上にあるのだ そして天国も 地上に落ちてくるだろう
だがいまや 恐怖のあとに あけぼのが やってくる
  そうして愛は 死に打ち勝つのだ
エルザはまだ踊っている エルザは踊る 踊りつづける

そして生活は 藁のかかとで ぐるっと廻った
君たちはその眼を見たか それは子供の眼だ
大地は戦さのない ひとつの太陽を生みだすだろう
  戦争は 終らねばならぬ
だが 勝利者として出てくるのは 人間でなければならぬ

わが愛の名はただひとつ その名は若き希望
おれはそこから いつも新しい交響楽を聞きとるのだ 
  そして苦しみのどん底で それを聞きとる君たち
  眼を上げよ フランスのよき息子たち
わが愛の名はただひとつ おれの讃歌は終わる

(1) おまえの手のオペラの中で──エルザはその頃のことをこう書いている。「ああ、こうして生活は困難になり、わたしたちの生活の手だては一挙に崩れさった。そこでわたしは、高級装師店向きの頸師りを作ることを思いついた。それをあなた(アラゴン)は貿易商のところへ売りに行った……」(『交錯小説集』一巻序文)

(つづく)

(『アラゴンとエルザ 抵抗と愛の讃歌』)

彫像


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