大野貞純さんが解放運動無名戦士の墓に合葬されました

ここでは、「大野貞純さんが解放運動無名戦士の墓に合葬されました」 に関する記事を紹介しています。
昨日行われた第70回解放運動無名戦士合葬追悼会(東京都港区・青山葬儀場)で、大野貞純さんが合葬されました。
治安維持法の犠牲になった貞純さんのことを本「九十歳のつぶやき」に書き、講演している妹の大野英子さんが「一生の仕事が終わった」と喜んでおられました。昨日は95才のご高齢ながら一人で会場に行かれたそうです。

皆目わからなかった事件が、支援された方の尽力でだいぶ分かってきたそうです。
昭和12年(1937年)9月、逓信省の雑役夫をしていた大野さんの家が特高の家宅捜索受けた。特高が探したのは大野さんが持ちだした文士たちの反戦の書類だったらしい。文士たち20〜30人くらいを一網打尽にするため。しかし見つからなかった。

埼玉県児玉で僧侶をしていた父親は、帰ってきた大野さんに家中の金をかき集めて5円わたし、長野の山へ逃げろといった。大野さんが送った荷を穴を掘って待っていて、荷がつくと全部燃やし、証拠隠滅した。
大野さんが命がけで持ちだした書類が見つからなかったため、文士たちは無傷だった。
大野さんはつかまれば拷問を受けて殺されると考え、軽井沢の霧積山で仲間の少女と自殺した。
大野貞純さんは合葬される治安維持法犠牲者の最後になるようです。

共謀罪が出されようとして緊迫している現在、大野英子さんは講演会にひっぱりだこだそうです。

*大野英子「兄を抹殺した治安維持法

合葬
博光が合葬された第60回合葬追悼式(2007年3月18日 日本青年館)


関連記事
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://oshimahakkou.blog44.fc2.com/tb.php/3236-afa88fbf
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック