短い春 ──コミューンの蜂起(3)一八七一年三月一八日を記念する

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一八七一年三月一八日を


注 
(*1)『三〇スー』──連盟兵(フェデレ)たちの日給は三〇スーだった。
(*2)中央委員会──国民軍 Garde nationale 中央委員会は、一八七一年一月に創設された。 そのためにドイツ軍は、パリに入城するも、シャン・ゼリゼ通りまで来て引き返した。
(*3)『芽月(ジェルミナール)』──フランス共和暦第七月──三月二十一日から四月十八日までを指す。 ポティエが「芽月」という共和暦をここで使用したのは、『コミューン』の宣言が三月二十八日だったからである。
 
「パリは まるで子供のように うれしそうに/いまや 『コミューン』を宣言した」 というポティエの詩句は、歓呼をもってコミューンを迎えた人民の歓喜を、目に見えるように描いている。
(つづく)

(『パリ・コミューンの詩人たち』)

バラ園




一八七一年三月十八日を記念する
              ポティエ

どんな貧乏の どん底にいようと
同志たちよ おれたちは心をあわせ
酒坏(さかずき)をあわせ 歌ごえをあわせて
この偉大な記念日を 祝おうではないか

きょうは人民の日だ! 蜂起した人民は
敵の不意討ちを 撃ちくだいた
大地は顫えとどろき 舗道はこの日
バリケードとなったことを 思い出す
よみがえらせよう このすばらしい思い出を
歴史は けっして繰り返しはしない
三月十九日は やがてやってくる
新しい明日(あす)の日の序曲なのだ

司令部の 裏切り者どもの 命令に
連盟兵たちは どよめき立った
怒り狂った「三〇スー(*1)」たちは
自分の大砲を 自分の手に確保した
すると 臆病で愚かな 権力は
深夜にまぎれて 姿をくらました
パリは 首に 手綱を巻きつけながら
新しい世界の 始まったのを感じた

人民よ それはおまえの胎(はら)から出てきた
名もないひとたちの勝利の日だった
菜っ葉服をきて 腕をまくしあげた独裁者たち
その名を聞いて 城壁までが肝をつぶした

そうして 身ぶりも 堂々と
売国奴たちの議会に 反旗をひるがえし
威風りんりんとした 中央委員会(*2)は
プロレタリアの 集団(あつまり)だったのだ

勝ち誇った市庁には ぎっしりと
陽焼けした群衆が 詰めかけていた
パリは まるで子供のように嬉しそうに
いまや 「コミューン」を宣言した
大砲の音が 目を覚ませととどろき
ブルジョアジーに 敗北を告げた
群衆は歌ごえをたからかにあげながら
陽(ひ)を浴びてさかんに練(ね)り歩いていた

それは すべてが芽吹く「芽月(ジェルミナール)(*3)」の
なんとも 輝やかしい 朝だった
人民(ひとびと)は その眼をそっとひらいて見た
ひるがえる赤旗の すばらしさを
ぼろぼろの旗の縁(ふち)が 金色の輝き
青い地平線が 赤旗に 照り映(は)え
暗い地獄のような 炭坑のなかの
一条の光までが そこに射し込んでいた

どんな貧乏の どん底にいようと
同志たちよ おれたちは心をあわせ
酒坏(さかずき)をあわせ 歌ごえをあわせて
この偉大な記念日を 祝おうではないか

  (一八八七年三月十八日 パリにて)


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