短い春 ──コミューンの蜂起(2)

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 三月二十六日、コミューンの選挙がおこなわれる。
 三月二十八日火曜日、市庁前の広場で、パリ・コミューンの成立を宣言する人民集会がひらかれる。市庁舎の正面には、大きな演壇が設けられ、演壇のうしろにある「共和制の胸像」も、赤いたすきで飾られ、林立した赤旗が風にはためいていた。コミューンを支持する国民軍の兵士や群衆が、広場を埋め、あたりの家々の窓や屋根のうえや、バリケードのうえにまで溢れていた。
 午後四時、大砲が鳴り、太鼓が広場にとどろいた。正面の演壇に、国民軍中央委員たちと、新たに選ばれたコミューン議員が姿を現わした。中央委員会を代表して、ランヴィエが、コミューンの新議員の名前をひとりひとり読みあげた。しかしその声は、群衆の歓呼の声にかき消された。つづいて「パリ・コミューンは宣言されました!」という声とともに、「コミューン万歳!」の叫びがわきあがり、「マルセイエーズ」の合唱が鳴りどよもした。銃剣の先に、赤いフリジア帽がおどり、ハンカチが振られた。
 ジュール・ヴァレスは「ル・クリ・ド・プープル」(人民の叫び)に、この日の光景をつぎのように書いている。

 「なんというすばらしい日だろう! 大砲の日を金色に染めている、すがすがしくて明るい太陽。この花束の匂い。この林立する旗のはためき。青い川のように、静かに美しく流れる、この革命のざわめき。このわくわくするうれしさ。この明るい光り。この金管楽器のファンファーレ。この銅像の照り返し。この希望の明るい炎。この光栄のこころよい雰囲気。そこには、勝利した共和主義者たちの軍隊を、誇りと歓喜で酔わせるに足る何ものかがあった。
 おお、偉大なパリよ。
 なんとおれたちは臆病だったことか。おれたちはすでに、おまえを見棄て、おまえの場末町(フォーブール)から遠のこうと話していたのだ。おまえの場末町はもうだめだと、思い込んでいたのだ。
 ゆるしてくれ! 名誉ある祖国よ、救いの都市よ、革命の基地よ!
 これから何が起ころうと、おれたちがふたたび敗れ、明日は死なねばならぬとしても、おれたちの世代は慰められた。おれたちの、二十年にわたる敗北と苦悩は報われたのだ。
 ラッパよ、風に鳴りひびけ! 太鼓よ、広場にとどろき渡れ!
 おれを抱きしめてくれ、同志よ。きみの髪の毛も、おれのと同じように、灰色になった。バリケードのうしろで、玉遊びをしている子供よ、おいで、おまえを抱きしめてやる!
 子供よ、三月十八日はやっとおまえを救い出したのだ。おまえもおれたちのように、一寸先も見えない霧の中で大きくなり、泥のなかを這いずりまわり、血のなかをころげまわり、汚辱にまみれ、卑しめられた者の、言うに言われぬ苦しみをなめたかも知れないのだ。
 そんなことはもうおしまいになった!
 おれたちはおまえのために血を流し、涙を流してきた。おまえは、おれたちの遺産を継ぐがいい。
 うちひしがれた者たちの息子よ、おまえは自由な人間となるだろう!」

 また詩人ポティエは、コミューンから十六年後の一八八七年に、『一八七一年三月十八日を記念する』という詩で、コミューンをつぎのように回想している。
(つづく)

(『パリ・コミューンの詩人たち』)

*『一八七一年三月十八日を記念する

けやき

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