「ぼくはパルファン川の歌ごえをきく」丸山亜季先生からの手紙

ここでは、「「ぼくはパルファン川の歌ごえをきく」丸山亜季先生からの手紙」 に関する記事を紹介しています。
「ぼくはパルファン川の歌ごえをきく」(グエン・スン・サン/大島博光訳)に曲をつけた丸山亜季先生が博光あてに手紙を書いていました。

◇   ◇   ◇   ◇

四月二十三日のアカハタに載せられた詩「ぼくはパルファン川の歌ごえをきく」を感動して読みました。すぐに全部暗誦してしまいました。そして一ヶ月経って作曲しました。同封の楽譜がそれです。はじめは男声ソロと朗読にしたのですが、私の所属している群馬歌舞団で合唱したいという要望が強いので合唱の部分を多くしました。ソロ曲を二声にしたのでどうかと思いましたが、詩を語ってゆくつもりでみんなでうたってみました。うたいながらみんな感動して涙ぐんでいました。

詩を読んでいると、渦巻き流れる利根川にパルファン川が重なり、土手のアカシアが傷ついたベトナムの樹となり、魚釣りの子供たちが 凶器をつきつけられたベトナムの少年たちになってゆきます。私が今 なにをしなければならないかを問うてきます。
底深い民族独立のたたかいの中で、かぎりなくやさしく、うつくしい ふるさとのイメージが更に人々の心に命を波立たせているのだと思いました。
作曲していると訳詩のすぐれていることがわかってきます。詩のリズムがそのまま曲になってゆくようでした。

この楽譜を島田誠三さんが「ぼくが大島さんにとどけてあげる」と言ってくれたのですが、彼は今 参院選で忙しく すぐにはお伺いできないと思いますので、私から送ります。
実は たいへん申しわけないことですが、昨日(六月六日)群馬のうたごえで この歌を発表しました。群馬歌舞団では別の歌曲を練習していたのですが、この曲が出来ましたので 急に曲目を変更したのです。
うたごえのスローガンの中にベトナム侵略反対が大きく出されているとき、この歌を出してゆくことが必要だと思ったからです。
事後の連絡で ほんとうに申しわけありません。

うたごえでは こぶしをあげて強烈に叫ぶ歌が多い中で、曲も合唱も決してうまくはないが、滲み透ってゆくものがあったと思います。
しかし 訳者の諒解を得なかったことは悪いことです。気にかかってなりません。お許し下さい。
この曲を「日本音楽舞踊文化会議」を通して「ベトナム侵略反対 音楽舞踊家のあつまり」に送りました。私は「音舞会議」の作曲部会に入っており、「ベトナム侵略反対 ──のあつまり」にも参加していますので、運動に参加したしるしとして送るのです。大衆行動の中でも、それぞれの専門の場で追求し、行動しなければならない本命があるのだと思います。

すぐれた訳詩にめぐまれたことをほんとうに感謝しています。 ご批判いただければ幸いです。
なお うたごえ発表の時は 朗読の部分の伴奏を曲の最初の部分とおなじものにしました。その方がいいと思います。

六五年六月七日
群馬県佐波郡玉村町 丸山亜季

大島博光様

パルファン川


*「わたしはパルファン川の歌ごえをきく


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