『エルザの眼』(10)獅子王リチャード

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    獅子王リチャード

  なんとこの世は わしらの閉じ込められておる
  フランスは トゥールの兵舎にそっくりだ
  外敵が うまごやしの牧場を踏み荒らし
  なんときょう一日の 長いことか

  ただじっと 時の経(た)つのを数えていなければならぬのか
  かつて憎んだことのないわしが ひとを憎み 
  流れる時を じっと数えていなければならぬのか 
  もうわが家は 心のなかにさえありはせぬ 
  おお わしの国よ これでもわしの国だというのか

  このわしには 見やることもならぬのだ 
  ご法度の文句を 空でささやく燕が姿も 
  あの老いぼれの 不忠な雲めが むかしの夢を 
  投げ捨てて 国境越しに流れてゆくその姿も

  わしは思いのたけを 口に出してもならぬ 
  大好きなあの歌を 口ずさんでもならぬのだ 
  輝やいてる太陽を 悪い天気のように怖れ 
  沈黙にさえ びくびくせねばならぬのだ

  あのやからは権力で わしらは数字に過ぎぬ 
  苦しみに喘(あえ)ぐ君らよ わしらは同類なのだ
  いくら夜を暗くしても むだというものだ 
  囚われの身でも 歌のひとつは作れるわい

  その歌は 清水のように清らかな歌 
  昔のパンのように まじりけのないやつ
  それは 秩桶(まぐさおけ)の上に高らかに湧き上って 
  牧童たちが聞きつけずにはいられぬのだ

  羊飼いも 舟乗りも 牧師たちも 
  車引きも 学者先生も 肉屋たちも 
  言葉の手品師や ぺてん師の絵描きたちも 
  日ぐれの市場にむらがる 女たちも 

  商売(あきない)をする連中も 貿易商人たちも 
  鉄をつくる労働者も 布を織る織工たちも 
  電柱によじのぼる電工も まっ黒な坑夫たちも 
  みんな その歌を聞きつけるだろう

  フランス人はみな ブロンデルそっくりだ 
  その名は みんな ちがっていようと 
  自由を求める心は 翼の音のようにひそかに 
  獅子王リチャードの歌に 答えるのだ

さて、『エルザの眼』の最後を飾っているのは、大きな組詩『エルザへの讃歌』である。
(つづく)

(『アラゴンとエルザ 抵抗と愛の讃歌』)

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