『エルザの眼』(7)涙よりも美しきもの

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    涙よりも美しきもの

  おれが呼吸(いき)をしてると 或る連中の生きる邪魔になり
  何かの苛責で 彼らは夜もおちおち眠れぬのだ
  まるで おれが詩を書けば 笛や太鼓が鳴り出して
  その音で死んだ者までが 眼を覚ますらしいのだ

  君らが おれの詩の中の戦争の響きにいきり立ち
  車軸の異様な叫びが その空にきしんでいても
  それは嵐が オルガンの奏でる天使の声をかき消し
  おれがダンケルクを思い出すからだ 諸君

  いかにも悪趣味だが ほかにやりようがないのだ
  おれたちは いつまでも「北国(メール)」の地酒に酔っばらい
  地獄の炎の火照(ほて)りを ちゃんと胸に受けとめている
  あの悪趣味な連中の まぎれもない仲間なのだ

  おれが愛を語れば きみらはその愛に苛(いら)だち
  いい天気だと書けば 雨降りだと言いたてる
  きみらは言う 「おまえの野には雛菊が多すぎる
  おまえの夜には星が多すぎ おまえの空は青すぎる」と

  外科医が 切り開いた心臓をせんさくするように
  きみらは おれの言葉の中に言いがかりの種(たね)を探すのだ
  おれは「新橋(ポン・ヌーフ)」もルーヴルも失ってしまったのに
  おれに復讐するには それでも足りぬというのだ

  きみらは ひとりの詩人を黙らせることもできる
  空とぶ鳥を 籠の鳥にかえることもできる
  だが フランスを愛する権利を奪いとることは
  きみらにもできぬと 知るがいい

  そこなる美女よ さあ戸口から戸口へと廻って
  おれがおん身を忘れてしまったかどうか 見てくれ
  おんみの眼は 手にした葬いの花束の色そっくりだ
  昔の春は おん身の前掛には花が咲きこぼれていたのに

  おれたちの愛が見せかけで 熱情はまっかなにせものだったのか
  にわかにかき曇るこの空を この額をとくと見てくれ
  ひろい表畑のなかの毒麦を さっと射(い)あてる
  あのボース平野のような深い眼なざしで

  おん身は あの黒パンを焼く石の国で見かける
  石像のような腕をしているはずではないのか
  ジャン・ラシイヌの面影は 優美な完璧さで
  永遠に フェルテ・ミロンに立っているのだ
 
  おん身のみごとな唇に浮かべたランスの微笑み(1)は
  処刑されてゆく聖者や予言者たちが最後に見た
  とあるタぐれの タ焼けの色にも似ており
  髪には シャンパーニュの葡萄を絞(しぼ)る匂いがしている

  モントーパンのアングル(2)もその絵に描いた
  おん身の肩のくぼみで ひと休みしよう
  山山の岩まをくぐり 濾(こ)され練(ね)られた
  美酒のような清水で 長旅の渇きをいやそう

  アヴィニョンの狩人の 手から逃れた牝鹿に
  鼓舞された 槍の穂先のようなあのペトラルカ(3)が
  ラウルを愛したのは おん身に似ていたゆえなのか
  傷ついたおん身のために 今日(きょう)おれたちは血を流す

  呼び起こせ 呼び起こせ 幽霊どもを追い払うため
  燦然と輝やく奇跡を 千と一つのいさおしを
  サン・ジャン・デュ・デゼールからブラントーム(4)の穴倉まで
  ロンスボーの峠(5)から ベルコールの高原まで

  アルルから吹いてくる風には 夢がある
  その夢はおれの心そのものだから 声高くは語れぬのだ
  オニス(6)や サントンジュの黄ばんだ沼地を
  侵略者どもの 戦車の轍(わだち)が踏みにじっているとき

  名を競(きそ)いあう町町や国国の この壮大な腕くらべは
  まさしく花花の美を競いあうにも似ている
  美を競った花花は 王侯たちの恋路に消えたが
  夢とその由来は 遺跡の中に溶けあっている
  おお 空とデュランス(7)の流れを遮(さえぎ)る山脈(やまなみ)よ
  おお 羊飼いたちの 葡萄の色をした大地よ

  フランス王 フランソワの愛(め)でたマノスク(8)の町よ
  その美しさに 王はその名を城壁に書いたのだ

  それに劣らず優しいのに 狂わんばかりのおん身は
  おれがおん身を歌っているのにも気がつかぬのだ
  ノールーズの水門(9)で ちょっと足をとめよう
  ここでおれたちの二つの運命は 二つの海の間でためらう

  いやおん身は 歌い止(や)まぬ歌のように止ろうとはせぬ
  どこへ行かれるのか もうヴァントーの山(10)も過ぎて
  眼下を流れているのはセーヌ河だ そうして
  ラマルティーヌ(11)が マドレーヌ(12)の林檎林(りんごばやし)で夢みている

  女なのか美酒(さけ)なのか 子守歌なのか風景なのか
  誰を愛し何を描いているのか もうおれにもわからない
  あの金色の脚なのか 母の胸のみどり児か
  ブルターニュとその糸杉は まだ老いてはいない

  白い襟飾りのような国で おれの口は所望する
  なみなみと注いだ林橋酒と牛乳を ぐっすり眠れるように
  おお ひっそりとしたノルマンディ おん身のために
  パルミルの廃墟に追われた兵士らは胸痛むだろう

  パリの魅惑は何処(どこ)から始まるのか わからない
  レ・ザンドリのような 血のにじむ名前があるのだ
  風景は身をのけぞらせて おれたちに涙を見せる
  ああ 泣き声など立てないでくれ おれのパリよ

  歌ごえ湧き起こるパリ 怒りに燃え立つパリ
  だが旗は 洗濯場で水びたしになったままだ
  北極星にも似た 光放つ首都パリ だがパリは
  舗道の石畳をひっぺがしてこそ パリなのだ

  おれたちの不幸に呻めくパリ クール・ラ・レイヌのパリ
  ブラン・マントーのパリ 「二月革命」のパリ
  フォブール・サン・タントワーヌからシニレンヌの丘へと
  硝子売りの叫びよりも 胸かきむしるパリよ

  何がおっ始(ぱじ)まるか あの酷(むご)い郊外は早く通り過ぎよう
  また夜明けがくれば 恐らく生命(いのち)が消されよう
  だがロワーズに物語もなく マルヌには歌声もない
  人影もないバロワには もうシルビーもいない

  思い出の銃眼よ ここにおれたちも兵隊で並んでいた
  あやふやな空に向けた 根もない廿才(はたち)の野望よ
  出会ったのは愛ではなく シュマン・デ・ダームだった
  旅びとよ 思い出してくれ あのムーラン・ラフォーを
  巻きあがる砂塵のなかを おんみは歩きつづける
  足のむくまま 国から国へと 辿りつづける
  アルゴンヌの森を通り オー・ド・ムーズの台地へ
  不滅の栄光と 裏切りの悪名とをもつ東方へ

  脱走兵に脚(あし)を折られ 傷ついた小鹿のように
  青い沼の眼は 森の下草を眠らずに見守っている
  スイスに通ずる 亡命者の道でひと休みして
  曼陀羅華の生える クールペの国へと向おう

  失(なく)しちまったアルザスでは ラインが溢れ出すと
  ゆれ騒ぐ枝から 雉子(きじ)がさっと舞い下りる
  ウェルテルは しばしおのれの悩みを忘れようと
  クリスマスには 百姓たちにお慈悲を垂れる

  嵐は ダンケルクからポール・バンドルへと荒れ狂い
  おれたちの愛するすべての声を かき消してしまうのか
  いや 誰にもできぬはずだ 伝説を追いちらし
  エイモンの四人息子から アルデンヌの地を奪いとることは

  いや誰にももぎ取ることはできぬ 世紀から世紀へと
  おれたちの咽喉(のど)から迸(ほとばし)りでた あのフリュートの歌は
  月桂樹は切り倒されても ほかの闘いがある
  陽気でへこたれぬ仲間たちよ そうして薔薇の木の

  茂みの中から 走り去る蹄(ひづめ)の音が聞こえてくる
  止ってくれ す速い者よ ああ 気のせいだったか
  だが希望は 泉の言葉で 夜につぶやきかける
  あれは馬だったのだ いやデュゲスクランだったのだ

  いつか聖なる面影が よみがえりさえすれば
  描き終らぬうちにおれは死んでも かまわぬのだ
  立ち上ろう 若者たち 奮い立とう 娘たち
  わが祖国は飢えて惨(みじ)めだが 愛にみち溢れているのだ

(1) ランスの微笑み──マルヌ県の都市ランスの、十三世紀に建造された有名なカテドラルを指す。
(2) モントーバンのアングル──アングル(一七八○〜一八六七)はモントーバン生れ。フランス古典派の巨匠。
(3) ペトラルカ──(一三○四〜七四)イタリアの大詩人。アヴィニョン在住中、一三二七年聖金曜日(四月六日)美女ラウラにめぐり会い、彼女を歌った詩『カンツォニエーレ』は、彼の傑作となる。
(4) ブラントーム──フランス西南部ドルドーニュ県の町。シャルルマーニュ王によって建てられた教会堂がある。
(5) ロンスボーの峠──フランスとスペインの国境、ピレネー山中の峠。七七八年、シャルルマーニュの軍勢は、バスク人に粉砕され、「ローランの歌」にうたわれたローラン伯爵は戦死する。
(6) オニス、サントンジュ──フランス西南部、太平洋に面した地方名。
(7) デュランス──デュランス川はアルプスを源として、ローヌ河に合流する。
(8) マノスク──南仏バッス・アルプ県の町。
(9) ノールーズの水門──南仏、太平洋と地中海を結ぶミディ運河の要衝。
(10) ヴァントーの山──南仏ヴォークリューズ県、アルピス山系南部に位置する山。
(11) ラマルティーヌ──(一七九○〜一八六九)フランスロマン主義の詩人。『瞑想詩集』で有名。
(12) マドレーヌ──ロアール河とアリエ河の間の高原地帯。ラマルティーヌの生地は、その近くのマコンにある。
(つづく)

(『アラゴンとエルザ 抵抗と愛の讃歌』)

ばら


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