『蝋人形』目次一覧

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『蝋人形』目次一覧

第1巻 1930 (昭和5年)
第2巻 1931(昭和6年) 
第3巻 1932(昭和7年) 
第4巻 1933(昭和8年) 
第5巻 1934(昭和9年) 
第6巻 1935(昭和10年)
第7巻 1936(昭和11年)
第8巻 1937(昭和12年)
第9巻 1938(昭和13年)
第10巻 1939(昭和14年)
第11巻 1940(昭和15年) 5月号から大島博光が編集 
第12巻 1941(昭和16年) 
第13巻 1942(昭和17年) 
第14巻 1943(昭和18年)
第15巻 1944(昭和19年) 2・3月合併号で休刊

『蝋人形』と大島博光(生誕100年記念展「西條八十と大島博光」より)

 西條八十の創刊し主宰した詩誌『蝋人形』は昭和5年から19年にかけて月刊で163号まで刊行された。戦前の昭和では14年余も月刊で続いた詩の雑誌は他にない。部数の上でも内容の上でも最大の規模を誇り、詩を中心とした文芸総合誌として大きな意味をもつ。グラビア頁をもち百頁を越すような詩誌によって「詩」そのものの社会的価値を高めようという西條八十の意図もあった。
 室生犀星、堀口大学、三木露風、千家元麿ら著名な詩人の執筆と、竹久夢二、河野鷹思、三岸節子たちが表紙を描いているのも魅力で、多いときは三~四〇〇〇部発行していた。多くの詩人の育成輩出に寄与した。この同人詩誌の創刊号(一九三〇年五月)一六〇〇部が、たちまち売りきれてしまったことや、その後も売れて、詩ばかりか歌、句、小説、評論もある、いわば綜合雑誌的な長命と影響力と、人気も併せもった。
 卒論「アルチュール・ランボオ論」で西條八十に認められた大島博光は早稲田大学卒業後、昭和10年から8年余りにわたってその編集者を務め、フランス詩の研究・紹介、多くの詩人との交流などの経験を積んだ。

(大島博光) 私は昭和十一年ごろから編集に携わるようになったのですが、先生は寛大というか、ほとんど私に任せっきりで、私が自分の好きなようにしても、つまり当時私もシュールレアリスムの紹介などもしたり、そういう原稿を依頼したり、作ったりしておりましたが、先生は何にもおっしゃらずに任せて下さいました。そういう中で逆に先生は新しいものに共感を持って、積極的な、進取的な態度をいつも持っていたという風に思われます。(座談会「西條八十の詩業と人間」──「無限」44号 特集 西條八十 昭和56年6月発行)

 わたしは自分の好きなように、エリュアールの訳詩をのせたり、ロートレアモンの「マルドロールの歌」を訳して連載したり、シュルレアリスムの紹介などをした。シュルレアリスムの紹介についていえば、先生はそれを奨励するという風であった。いまにして思えば、そこに西條八十の寛大さ、包容力の大きさを見いだすこともできよう。
(「先生とわたし」─西條八十詩集「石卵」所収)

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