長篇詩 怒る浅間山(3)

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(3)

わたしたちの絶えざる噴煙。
わたしたちの浅間。
わたしたちのふるさと。
わたしたちの歴史。
わたしたちの祖国。
永遠にもえる浅間には
いかりとかなしみ よろこびとなげきを
わたしたちの祖先が そして今日まで
日々祈りこめて。

窓の外は吹雪とファシズムが荒れ狂っていた。
一九四〇年の第二次大戦下
焼けただれた都会の戦禍から
ファシズムの黒い手先から
のがれ得た老作家や詩人 画家たちは
浅間の麓 国際観光避暑地軽井沢の
いたみはてた別荘地帯にかくれ
沈黙さえ許されない言論弾圧の中
人々は冷えた暖炉の前で 手をさすりさすり
ガラス戸を叩く吹雪をきき
ガラス戸を叩く爆撃機に耳をひそませ
彼等は語り合った。

彼等は語り合った。
日本ファシズム末期の行方を
年月を重ねるに従い 敗戦の焦燥に狂暴をもってし
女や子供 学生さえ動員し
日の丸鉢巻の中にヒロイズムを植えつけ
都市には焼死体が散乱し 硝煙くすぶり
人手の無い田畠には雑草がはびこり
民衆の放心した中に勝利のデマを吹きこんだ。
そしてなお
疎開できない詩人作家を徴用し
或は無理にファシズムを謳歌させ
反対するものを牢獄につなぎ
或はひそかに獄死させた事実を
仲間だけの
暖炉の前だけの
ひそかな怒りに瞳をガラス戸に燃やして
彼等は語り合った

それらの現実の苦難から
退くことが出来た孤独者達にさえ
日本ファシズムの忠実な手先は
監視の眼をゆるめなかった。
芸術を論じただけで
軽井沢警察署へ呼びつけられ
老外国人と立話をしただけで
憲兵隊につけこまれ
思想をききただし 執筆中止を云いわたし
ファシズムの隷を強いた。
だが彼等孤独者達は
怒りを額の奥にきざみこんで
浅間の如く沈黙した。
吹雪の止む日を待っていた。
からまつの再び色づく日をひそかに指折っていた。

だがその日 遂にやって来た。
日本ファシズムの倒れる日が
一九四五年八月十五日
その日 日本の空はあくまで晴れ渡り
真夏の激しい陽光の下
日本ファシズムは解けはてた。
放心の静けさの中で
空白の瞳の中で
荒れはてた山河 燃えつきた家がくずれていた。
ミズリー号で署名がおこなわれ
広島 長崎の原爆虐殺にほうかむりし
平和と民主主義を配給して行った。
民衆は初めて知った日本ファシズムの真相に驚き、
永久に軍備の放棄を憲法にちかい 世界に宣言した。
(つづく)

(『呼子』10号 1953年7月)

浅間山


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