「軽井沢を青年が守った 浅間山米軍演習地反対闘争1953」(1)

ここでは、「「軽井沢を青年が守った 浅間山米軍演習地反対闘争1953」(1)」 に関する記事を紹介しています。
大島博光記念館ニュース38号」でふれた浅間山米軍演習地反対闘争について、当時、青年団の一員として闘争に参加した荒井輝充さんが執筆し、本にしていました。(2014年、ウインかもがわ) 
運動を担った青年たちや指導した人びとの姿、当時の軽井沢の状況(入植していた満蒙開拓団の人たち、青年たちを教育した文化人など)がわかり、興味深いです。

「はじめに」でこの本の目的をのべています。

 当時のことを記録した本は二冊あるだけです。反対組織の委員長を務めた田部井健次先生の『軽井沢を守った人々』(1981年)と、県の反対期成同盟でまとめた『二百万人の勝利』(1953年)です。ここには運動の中核になって活躍した開拓者や青年、婦人、村の人たちなどがどんな様子だったのかは、あまり出てきません。この二冊だけでは浅間闘争の真の姿が見えてこない……。
 この本は、反対運動の中核となって活躍した青年たちの立場から書いたものです。誰から命令されたのでも頼まれたのでもない、名もなき若者たちの情熱が、浅間山演習地化をくい止め、米軍から軽井沢を守る偉大な勝利を勝ち取ったことを、ぜひ多くの人に分かってもらいたいのです。
 当時日本には六百以上の米軍基地があり、各地で反対運動が展開されていましたが、成功した所はほとんどなく、浅間山ほど見事に勝利した例はありません。ずいぶん昔の話ですが、いまだに基地問題は日本中でくすぶっていて、特に沖縄では米軍基地移設が大問題になっています。各地の基地反対闘争、何かそのヒントになることでも見つかり、お役に立つことができれば幸いです。(「軽井沢を青年が守った 浅間山米軍演習地反対闘争1953」)

浅間山闘争



関連記事
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://oshimahakkou.blog44.fc2.com/tb.php/3161-a45ec862
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック