『断腸詩集』──春

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      春

  エスコー河(1)をゆく艀(はしけ)の長い叫びが聞こえていた
  夜は 恋に狂った娘のように 眼覚めていた
  ラジオが歌っていた そのありふれた歌を
  さまよう愛の歌をきいて ひとの心は痛むのだ

  娘がひとり 船の甲板で夢みていた
  横になった男のそばで いやおれが夢みていたのか
  ひとつの声が言った そのうち逢えるわね
  ほかの声がつぶやいた ノルウェー(2)で死ぬかも知れない

  おお 国境をゆく人たち きみたちの郷愁は
  運河のように 異国の土地へ 行ってしまう
  ここにフランスは終わり ここにベルギーが始まる
  空は変らぬのに ひるがえる旗は変わるのだ

  ことし おれたちはずっと待ちこがれていた
  みんなの眼が 菫(すみれ)のようにひらく美しい月を
  へとへとに疲れた血管のなかに 酒が流れ
  林檎の花かげで 陽(ひ)をよける美しい月を

  おれたちは待っていた あの救世主のよみがえるのを
  草刈りの前に 愛ゆえに死んでゆく あの神を
  おれたちは長いこと待っていた こん度こそはと
  待ちくたびれて もう牢獄の中とも思えなかった

  おれたちは鉄兜や防毒マスクで身を固め 革帯で
  兵隊の心を締めつけて 世の物音には耳をふさぎ
  土色の顔で 現代の怪獣どもを覗(うかが)っていたのだ
  冬じゅう 立て銃(つつ)で 重い軍装に背を曲げながら

  片足スケートで遊ぶ子供たちや すっ裸かで
  寝る連中のことを考えて やっと笑ったものだ
  ああ 遊星の不等性ということを研究したのは
  まさに 盲目(めくら)になってからのオイラー(3)だった

  だが おれたちは眼もなく 愛もなく 脳味噌もなく
  自分自身からさえ引きさかれて生きている幽霊だ
  おれたちは むなしく春の準備をしていたのだ
  むかしながらの罵詈雑言(ばりぞうごん)ばかりを吐き散らして

  おれたち にせの亡者も も一度よみがえろう
  なぜなら いつかきっと 地獄の扉もひらくだろう
  いつかきっと 春がやってきて 春の香りは
  愛撫のように 風をゆすり起こしてくれよう

  だが 愛するおまえのほか 誰に花束をおくろう
  美しい春も おまえなしでは どうしようもない
  美しい四月も 優しい五月も おまえなしでは
  喪でしかない おまえなしでは 地獄でしかない

  返えしてくれ 返えしてくれ おれの空を 音楽を
  愛する妻なしでは どこにも歌もない 色もない
  妻なしでは 五月もおれには 砂漠でしかない
  太陽も侮辱でしかない 暗闇も苦しみでしかない

(1)エスコー河──北仏を流れベルギー、オランダを経て北海に注ぐ。
(2)ノルウェー──ドイツ軍は一九四〇年四月、ノルウェーに侵攻する。
(3)オイラ──レオンハルト・オイラー(一七〇七─八三年)スイスの数学者。天文学の分野でも、月に関する新しい理論を書き、遊星の軌道に関する重要な研究論文を書いた。六十歳で盲目となったが、死ぬまで研究をつづけた。

 ここでは、冬と春との、戦争と平和との、矛盾した主題が、簡潔な影像(イメージ)によって描かれ、対比され、それをとおして、詩人は、希望をかかげ、呼びかけている。アラゴンは、愛をうたうことによって、フランスの現実を見出し、フランスの伝統と、再生の希望をうたいあげている。おなじような主題をうたった『リラと薔薇』はとりわけ有名である。

(つづく)

(『アラゴンとエルザ 抵抗と愛の讃歌』)

ピンクばら


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