『断腸詩集』──荆の冠(サンタ・エスピナ)(下)

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 この「サンタ・エスピナ」は、検閲の眼をかすめる典型的な「密輸(もぐり)」の詩であった。多くのひとびとには、わかりにくかったとはいえ、一九三七年から三八年にかけての、スペイン共和派支援の集会で、サンタ・エスピナと題するカタローニャの民謡を聞いたことのある人たちにとっては、この詩はきわめて直接的だったのである。それらの集会では、この民謡は、「コブラ」と称するカタローニャ地方のファンファーレによって吹奏されたのだった。当時、この曲はまたレコードによって、ひろく知られていた。

  おお 聖なる冠(サント・エピーヌ) 聖なる冠(サント・エピーヌ)よ もいちど湧き上れ

 と歌ったとき、アラゴンは、スペインの反ファシズム闘争の戦士たちを思い浮べると同時に、いやむしろ、マドリッドよりはパリのことを念頭においていたのだ。それは、この詩の最後の一節に、はっきりと歌われている。

  そうしてあの不幸の象徴たる 血の冠(かんむり)は
  「人の子」の額から ずり落ちるだろう
  そのとき 人間は 声高くうたうだろう
  人生は美しかった さんざしは花盛りだったと

 この詩には、当時、無神論者がかいたものとしては突飛に思われるもの、つまり「キリスト教の奇跡」がうたわれているが、それは、状況が要求していたからである。このカタローニャの舞踊曲は、キリストの荆の冠を主題としていたからであり、この曲はまた、多くのカトリック教徒や司祭たちまでが、スペイン人民戦線の隊列にくわわって、フランコとその同盟軍にたいして最後まで闘ったことを思い出させるからである。それに、「黙りこんでる歌い手や笛たちが……声を上げる」ようにはげますために、いつか手をさし伸ばすかもしれない人たちを、あえて神をののしる言葉で払いのけることがあろうか。こうして、中世の騎士道物語とならんで、キリスト教の神話が、アラゴンの詩のなかに現われてくる。後年、「神を信じたもの」と「神を信じなかったもの」とが手を結ぶにいたる抵抗運動のなかでは、自然にその比重も大きくなってゆく。
 この『荆の冠(サンタ・エスピナ)』は一九四○年三月に書かれたが、一九四一年四月まで発表することができなかった。四○年五月の、ヒトラーの大攻勢が、それを許さなかったのだ。

 一九四○年四月には、ドイツ軍はデンマークを席巻して、ノルウェーに侵入する。「春」という詩のなかにはその遠い影が落ちている。

(つづく)

(『アラゴンとエルザ 抵抗と愛の讃歌』)

白バラ


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