断腸詩集 荆の冠(サンタ・エスピナ)(上)

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  荆の冠

  一九三九年から四○年にまたがる奇妙な戦争のさいちゅう、アラゴンが発表した詩の深い意味は、フランス当局の検閲の目をのがれることができた。しかし、多くの読者は、アラゴンの詩による呼びかけと、その深い意味を読みとっていた。しかも「深夜の太陽」が支配している時代に、それらの詩だけが合法的に聞くことのできる唯一の詩的な声だったから、ひとびとはいよいよ感動したのである。
 ネルヴァール、ランボオ、マラルメ以来、近代詩は、フランスの支配階級からは、印象主義や立体主義と同様に、不可解な気ちがい沙汰とみなされてきた。象徴主義につづいて、ダダイスムとシュルレアリスムとは、ブルジョワばかりでなく、ひろい大衆にたいしても、詩とは難解な謎だという考えを、ずうっと植えつけてきた。アラゴンは一九三九年以来、この状況を利用して、詩のわからない判事や警察官を越えて、一定の読者たちに語りかけたのである。そして、このように、検閲の目をくぐって、読者に訴える詩の方法を、アラゴンは『密輸(コン・バンド)』と呼んでいる。

 「奇妙な戦争」の時期はまた、混乱、不安、動揺の時期で、混乱はいたるところにあり、人心は動揺していた。多くの誠実なひとたちさえ、どうしたらいいのか、わからずに、途方にくれていた。アラゴンは、『荆の冠(サンタ・エスピナ)』(一九四○年三月)を書いて、それらのひとたちに呼びかける。

    荆の冠(サンタ・エスピナ)

  おれはあの歌を思い出す あの歌を聞けば
  胸は高鳴り 血は燃えたたずにはいなかった
  灰の下の埋れ火さえ 心のように燃え立った
  そうしてついに なぜ空が青いかがわかったのだ

  おれは思い出す 渡り鳥の叫びにも似た あの歌を
  沖あいの大気のように 塩からいあの歌を
  あの歌の悲痛な調べは 征服者どもに立ち向う
  海の塩の復讐を じょうじょうと湛えているようだ

  あれは暗闇の中で 誰かが日笛で吹き鳴らした歌だ
  太陽もない さまよう騎士たち(1)もいない時代に
  子供たちが泣きわめき 地下の穴倉のなかで
  まっとうな民衆が 暴君の打倒を夢みていた時に

  あの歌は 聖なる荆を その名まえとしていた
  その荆で ひとりの神の額には血が流れたのだ
  舟が錨を下すように 歌は肉の中に根をおろし
  傷口を再びうずかせ 痛みをよみがえらせたのだ

  誰もあの歌に 歌詞(ことば)をつけようとはしなかった
  この鼻声でうたう歌には 言葉が禁じられていた
  かっての天然痘に荒しつくされた世界(くに)よ
  あの歌は おまえの希望であり 永遠の明日だった

  あの胸えぐる歌の文句を探しても 見当らぬ
  しかも地上には お芝居の空泣きしかないのだ
  テノーラ(2)のタべ 泉から泉へと呼びかける
  あの水のささやきを 思い出す者もいないのだ

  おお 「荆の冠(サンタ・エスピナ)」「荆の冠」よ もいちど鳴りひびけ
  かって それを聞いてみんなが立ち上ったのだ
  きょう 黙りこんでる歌い手や笛たちも
  その調べがよみがえれば また声を上げるだろう

  おれは信じたい この歌が そのしらべで
  祖国の謎ひめた心を 奮い立たせてくれるのを
  鳴りひびくコブラ(3)を聞いて 唖も声をあげ
  中風病みも立ちあがって 歩き出すだろう
 
  そうしてあの不幸の象徴たる 血の冠(かんむり)は
  「人の子」の額から ずり落ちるだろう
  そのとき 人間は 声高くうたうだろう
  人生は美しかった さんざしは花盛りだったと

(1)さまよう騎士たち──革命的な活動家たちのことを指している。
(2)テノーラ──不明。
(3)コブラ──カタローニャ地方のファンファーレ。

(つづく)

(『アラゴンとエルザ 抵抗と愛の讃歌』)

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