『断腸詩集』 クロス・ワードの時

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  <クロス・ワードの時>

 また十月には、エルザの手紙や、口ずてのニュースや、新聞、ラジオなどで、きのうまでのある同志たちが、党をうらぎり、党の大業を捨てさったことを、アラゴンは知る。その状況は、つぎの詩に、反映している。

   クロス・ワードの時

  おお ひとり眠りもやらぬ 深夜の太陽よ
  おまえの見張る 男たちの影さえもない家家の中に
  恐怖におののく妻たちは その枕もとで
  作り笑いを浮べる怪物どもに 心をくだく

  誰が この追い出したはずの恐怖を解き放ったのか
  誰が 屋根の下の砂漠を 床を 怖ろしい蒼白さに
  塗りたくったのか もう誰も読みとれぬのだ
  心の中の不眠を トランプ占いの中の運命を
 
  魔法使いたち おまえらだけがヒースの荒地で踊るがいい
  かの女たちはもう 愛が裏切るかどうか知ろうとも思わぬ
  パリの東部駅(ガール・ド・レスト)が 恋びとたちを呑みこんだとき
  かの女たちは どんな祈りにもまして首うなだれたのだ

  ほどいた腕から 楽園が消えうせたことを
  われら同様に ついに思い知った女たちよ
  きくがいい きみを愛するとささやくわれらの声を
  そして君のくちびるで 空(くう)にくちずけするがいい

  いまわしい別離のうつろさ 戦争の苦酒(にがざけ)
  その苦(にが)にがしい酒に きみはまだ酔わぬというのか
  われらの脚がからみあっていたのを 覚えているか
  おれは おまえゆえに知ったのだ おまえの身(からだ)の与えてくれたものを

  おれたちは 二人の時をあまり大事にはしなかった
  おれたちのちがった夢を十分に分かちあわなかった
  曇ったおれたちの眼の奥を十分に見つめあわなかった
  おれたちの競(きそ)いあう心を 十分に話しあわなかった

  おまえにそんなことを言う筋あいではないにしても
  多くの雲が 灰色の秘密を陽(ひ)にさらけ出したとか
  黒い木木が 踊り出したとか そんなことを
  どうしておれが耳にしたり 考えたりするのだろう

  聞いてくれ 夜 わたしの血は高鳴って おまえを呼ぶ
  おれは寝床の中に探すのだ ずっしりとしたおまえの重みと肌の色を
  みんな逃げ出してゆくのか だがかの女さえいてくれれば
  そんなことは構わぬ おれは彼らの同類ではない

  おれは彼らの同類ではない そうなるためには
  自分の生肌を剥ぎとらねばならぬ バロアで
  リジェの男が 自分の哀れな野蛮な心臓を
  骨と皮ばかりになって 高々と窓の方へ差し出したように

  わたしは彼らの同類ではない 人間の肉は
  菓子のように ナイフで断ち切れるものではないからだ
  わたしの命には 兄弟の血の温(ぬく)みが必要なのだ
  そうして川を 海から逆流させることはできないのだ

  わたしは彼らの同類ではない くらやみは
  愛しあうために 木立は空のためにあるのだから
  そうしてポプラの木木は 種子(たね)をたっぶりともち
  風は 愛や 蜜蜂や 蜜をはこんでくるのだから

  おれはおまえのもの おまえひとりのものだ
  おれは愛するのだ おまえの歩いてきた足跡を
  おまえの坐った窪みを 擦り切れたスリッパやハンカチを
  眠るがいい びくびくせずに おれが見守ってやる

  おれが見守ってやる 夜が更けた 中世の夜が
  黒いマントでこの砕けた世界を蔽うている
  きっと おれたちのためではなくとも いつか嵐は止んで
  またクロス・ワードを楽しむ時代が くるだろう

 「灰色の秘密を陽にさらけ出した」雲や、「踊り出した黒い木木」──党を裏ぎったものたちにたいして、詩人は「おれは彼らの同類ではない」と叫んで、党の大業を守ることの人間的な美しさを、それに対置している。
 この詩は、一九三九年十二月一日、コメディ・フランセーズにおいて、マドゥレーヌ・ルノーによって朗読され、聴衆に大きな感動をあたえた。とりわけ最後の一節は、呼びかけのラッパのように鳴りひびいたという。なお、当時フランスでは、クロス・ワード・パズルさえも、スパイたちに利用されるという理由で、禁止されていたことを考えれば、「クロス・ワードの時代がくるだろう」は、いっそう深いひびきをもってくるのである。

(『アラゴンとエルザ 抵抗と愛の讃歌』)

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