『断腸詩集』 引き裂かれた恋びとたち──ひき裂かれた恋びとたち

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   ひき裂かれた恋びとたち
 
  駅で 悲壮な身ぶり手ぶりで 暗い心の叫びを
  話し合っている あのつんぼ盲目(めくら)の人たちのように
  ひき裂かれた恋びとたちも 狂おしい仕ぐさをする
  冬と武器との 白じらとした静けさのなかで
  夜夜のトランプ遊びのあとに 夢がもどってきて
  恋びとたちが燃えるような手を 雲のなかで
  握り合っても ああ それは鉄の鳥たちの世界
  おお 野のロメオたち もう うぐいすも
  雲雀(ひばり)もいないのだ 地獄と化した空のなかには

  木木も 人間たちも 家々の壁も 灰色だ
  くすんだ歌のように 思い出のように 灰色だ
  それがみんな ぐらぐら揺れ動いたのだ
  いちめん 雪に蔽われた 世界のなかに
  死ぬほどにも悲しい手紙のついたとき
  だが 死ぬほどにも悲しい手紙のなかにも
  愛はやはり アルペジオを見いだすのだ

  冬は からっぽの留守宅にも似ている
  冬は 水晶だけが 歌をうたつている
  酒も凍りついて 香りが消えうせる
  愛の歌(ロマンス)も のろのろと 手間どる
  そしておれの胸をしめつける音楽が
  鳴りひびき 鳴りわたり 時を告げる

  針は廻わり 時は 歯ぎしりする
  針は廻わり 時は 歯ぎしりする

  金色の髪をした妻よ おれの菊の花よ
  おまえの手紙は なぜこんなに苦(にが)いのか
  海のまんなかで 難破した男のように
  おれは おまえを呼びもとめているのに
  おまえの手紙は まるで叫んでいるようだ
  吹き狂う あの風(1)のざわめきをもっても
  あの罪におののく 身ぶるいをもっても
  消すことのできぬ それは叫びなのか

  愛するものよ おれたちにはもう言葉しか
  おれたちの口紅しか 残っていない
  その凍りついた言葉で 捉えるのだ
  ジェーブルの城の 堀のなかに
  希望もなしに昇ってきては 夢みて
  よろめき 死に またよみがえる陽(ひ)を
  城で ラッパがおれのために鳴っていた
  城で ラッパがおまえのために鳴っていた

  おれは言葉でつくろう おれたちのただ一つの宝を
  聖女たちの足もとにささげる うれしい花束を
  そうしておまえに差し出そう あのヒヤシンスを
  郊外のリラの花々を 青いべロニカの花ばなを
  「五月」の縁日に売っている 枝についたままの
  ビロードの巴旦杏を 鈴蘭の白いつり鐘を
  おれたちなら 咲く前には摘みに行かぬのに
  ああ その前では 花のような言葉もうなだれる
  その花花は あの風のひと吹きで 散り落ちて
  人びとは つるにちにち草に似た眼をとじるのだ
  だが おまえをかぎりなく愛するこの心臓に
  赤い血の脈うつかぎり おれはおまえのために歌おう
  そのリフレーンが つまらぬ歌と見えようが

  この月並みで すり切れた心のつぶやいた言葉が
  いつか すばらしい世界の前ぶれとなるだろう
  そのとき おまえひとりは知ってくれよう
  太陽がかがやき 愛が身を 顫わせているかぎり
  秋のさなかに 春を信じて なぜ悪かろうと
  おれは人間として歌いつづけよう つまらぬ歌を

  (1)「あの風」「あの罪におののく……」──いずれも、ドイツ及びフランス当局の弾圧、監視、検問を意味している。

 一九三九年の終りに書かれた、『断腸詩集』のこれらの詩のうつくしさと、そのなかに秘められた微妙な響きを理解するには、当時の状況とこれらの詩とを照らしあわせてみるのがいい。

  駅で つんぼ盲目(めくら)の人たちが その暗い心の叫びを
  悲壮な身ぶり手ぶりで 話し合うように
  ひき裂かれた恋びとたちも 狂おしいしぐさをする
  冬と武器との 白じらとした静けさのなかで

 というこれらの詩句には、ひき裂かれた恋びとたちの悲痛な思いとともに、さらにべつの断腸の思いが見出される。当時、「奇妙な戦争」によって引き裂かれたのは、恋びとたちや夫婦ばかりではなかった。「ス・ソワール」紙の最後の集会に集まった、進歩的な知識人たちは、動員されて散りぢりになり、フランスのどこかで、見知らぬひとたちの中で、「駅で話し合っているつんぼ盲目(めくら)の人たち」のような自分を見出していたのである。「冬と武器との白じらとした静けさのなかで」というのは、マジノ線やライン戦線の兵士たちには、ナチの軍隊にむかって一発の弾丸を射つことも禁じられていたのである。大戦がはじまったとき、ドイツ軍を牽制するため、ロレースに集結したフランス軍は、独仏国境を越えて、ドイツ軍の防備線であるジークフリート線をめざして進撃し、ザールブリュッケンを脅かしていた。しかし、十月初め、フランス軍は、西部戦線で、兵数においてドイツ軍よりも優勢だったのにもかかわらず、フランスの防衛線であるマジノ線まで後退して、ここに独仏両軍は対峙したまま、どちらも積極的な攻勢に出ず、「奇妙な戦争」がしばらくつづくことになる。これは、フランスの支配階級が、ドイツの対ソ戦争開始を期待した思惑から生じたもので、そのあいだに、ドイツは大規模な攻撃を準備することができたのである。しかも、フランスの支配層は、その新聞やラジオを通じて「共産主義者はヒトラーの共犯者であり援軍である」とわめきたてて、共産主義者にたいする弾圧を強化していた。そうして十月初め、三九人の共産党国会議員たちを逮捕して、サンテの牢獄にぶちこんだ。『ひき裂かれた恋びとたち』のなかで、

  いちめん雪に蔽われた世界のなかに
  死ぬほどにも悲しい手紙がついた……

 と歌われているのは、エルザが、同志たちの逮捕されたことや投獄されたことを、それとなくアラゴンに知らせたからである。さらに「容疑者逮捕令」が十一月十八日に発令されてからは、共産主義者たちを、裁判なしに「強制収容所」に収容することができるようになる。

  われわれは廿年後に 忘れていた物置部屋から
  われわれの古服をとり出し 千のラチュドたちが
  独房の中で またも昔のしぐさを始めるのだ
                       (『廿年後』)

 ここでアラゴンは、彼のように、一九一九年の第一次大戦に動員され、廿年後の一九三九年にまた動員された人たちについて語っていると同時に、ほかのラチュドたち──サンテやその他の牢獄にとじこめられた同志たちに想いをよせているのである。

(つづく)

(『アラゴンとエルザ 抵抗と愛の讃歌』)

彫像

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