エルザの人となり (2)エルザはロシヤを離れる(上)

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 エルザはロシヤを離れる

 一九一八年、エルザは、あるフランス人と結婚するために、ロシヤを離れる。この結婚の相手は詩をかかなかった。かの女は一九一七年に、生れ故郷のモスクワで、彼と出会ったのである。出がけに、かの女はすぐまた帰って来れるものと思いこんで、ちょっとした旅行に出かけるくらいに思っていたのである。「運命とは、政治だ」ということを、かの女はまだ知らなかった。つまり、十月革命が偉大な出来事だということは、よくわかっていたとはいえ、四方の国ぐにが、その扉を閉ざしてしまうなどとは、かの女には思いもよらなかったのである。こうしてエルザは生涯、郷愁の海のなかに投げこまれることになる。

 この頃の思い出を、エルザはその『マヤコフスキー』のなかに、こう描いている。
 「わたしの建築学校は、以前の貴族学校の中の、赤い門の傍にありましたが、この学校のすぐ横を通るノーヴァヤ バスマンナヤ通りで、外国行きのパス・ポートをくれた人がありました。パス・ポートを手渡しながら、そのお友達はこう言いました──《外国人と結婚しなきゃならないほど、この国じゃあなたにとってはもう男の人もいなってわけですか?》わたしの周りの人たちもこんな考えをもっていました。わたしはどんなことも誰の言うことも聞き入れませんでした。仕方なしにお母さまがわたしに同行する決心をなさいました……。
 一九一八年の七月でした。うだるような暑さでした。レニングラードの町は飢えとコレラのために死にそうになっていました。毎日市民は群れをなして死んでゆきます。彼らは往来でも、電車の中でもばたばた倒れてゆくのです。果物の山は腐っていました。こんなものを食べたが最後、コレラに罹るのでした。
 リーリヤとマヤコフスキーはレニングラードの郊外の田舎に住んでいました。わたしは二人にお別れに行きました。
 リーリャはひとりで、わたしたちをストックホルムに運ぶ船まで見送りに来てくれました。埠頭の上に見えたリーリャのあの姿はいつまでも忘れることができません。わたしたちが甲板にいた時、リーリャは一包の肉入りサンドウイッチをくれましたが、それは当時としてはひじょうに豪勢なものでした。褐色の髪の毛をうしろにかき払ったリーリャは、くっきりベニで描いた大きな口から、見るからに堅そうな歯並みをあらわし、みだらなほど表情たっぷりの顔には、まんまるな栗色の眼をきらきら輝かしていました……」(エルザ・トリオレ『マヤコフスキー』神西清訳)

 これで見ると、エルザはまわりの人たちの言うことには耳もかさず、この「外国人」との結婚に、がむしゃらに飛び込んでいったものらしい。わがままで、情熱的な若き日のエルザの姿が見えるようだ。ここにはまた、姉のリーリャの肖像があざやかに描きだされている。後年、アラゴンは『エルザへのほめ歌』のなかの『美女たち』において、このリーリャの美しさをうたうことになる。

  かの女たち 二人姉妹を並べても わたしはエルザを見わけよう
  二人のちがったところ 似たところを言いあてよう
  ひとりは黄金(こがね)いろの眼をもち ひとりはこの世と
    あの世とに開いた二つの窓のような眼をもつ
  それは 夢で見たクリミヤの 気の遠くなるような青空だ

  そうだ ここで二人の姉妹を結びつけるのが わたしの戦略だ
  おまえのように 歌われるために生れてきたリーリャは
  かの女の詩人にいつまでも耳傾けている──わたしも愛する
    その詩人は とあるタべ 自分の詩の上で死んだが
  決死の若者たちは 今もその詩を彼らの流儀で歌っているのだ
                           (『美女たち』)
(つづく)

(『アラゴンとエルザ 抵抗と愛の讃歌』)

アスピリンローズ


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