心のなかのスペイン──「ロルカの思い出」

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 「ロルカの思い出」

 一九三六年秋、このようなネルーダのスペイン人民戦線への支援活動はチリ政府の忌諱(きい)にふれて、かれは外交官の職務から解任される。かれはパリに出て、アラゴンとともにスペイン人民支援の「文化擁護国際作家会議」の準備に奔走する。またパリでひらかれたスペイン人民戦線支援集会に出席して、スペインの状況を訴える。「フェデリコ・ガルシア・ロルカの思い出」もそのひとつである。

 「フェデリコ・ガルシア・ロルカ……かれはギターのように大衆的だった。子どものように、民衆のように、陽気で、淋しがりやで、奥ぶかくて、明るかった。ひとつの象徴を犠牲(いけにえ)に供するために、誰を犠牲にしたらいいか。国の隅から隅へ、一歩一歩、苦労を重ねて探しまわったとしても、どんな存在、どんな対象のうちにも、ここに選ばれた者のうちにおけるほどに、潑剌深奥なるスペイン人民の魂をみつけだすことはできなかったろう。かれらはまさにかれを選びだし、かれを銃殺しながら、かれの民族の心そのものを狙い撃とうとしたのだ。スペインを屈服させ、拷問にかけるため、かれらはスペインのもっともかぐわしい香りを吹き散らし、スペインのもっとも熱烈な息吹きをおしつぶし、スペインのもっとも不滅な笑いを断ち切る道を選んだ。かれの死とともに、人びとはけっして相容れることのない二つのスペインをまざまざと見た。ひづめの割れた、悪魔の足をした、蒼黒いスペイン、呪われた地下のスペイン、大罪を犯した王党派と聖職者たちの、十字架につけられるべき有毒なスペイン──それにたいして、誇りに輝く潑剌としたスペイン、精神のスペイン、直観と伝統継承と発見のスペイン、フェデリコ・ガルシア・ロルカのスペイン……」

 スペイン市民戦争は人民戦線側の敗北におわり、フランスに退避した数千人の兵士・亡命者たちは、反動勢力に屈服したフランスのダラディエ政府によって虐待される。そのなかに大詩人アントニオ・マチャードもいた。かれは国境を越えてすぐの仏領コリウールで息をひきとり、そこに葬られた。
(つづく)

(新日本新書『パブロ・ネルーダ』)

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