アル・アンダルシアの哀歌

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 アル・アンダルシアの哀歌(抄)
                                 ルイ・アラゴン

まどろむ水のないこの国で
マホメット教徒の大奔流が
ひと春のように流れさった
とはいえ 七世紀のあいだ
嵐は荒れ狂い 渦巻いた
まどろむ水のないこの国で

血の匂いがするこの国で
剣の波がうねり流れた
そして後脚で立った馬のように
勝利者アラアは 埃(ほこり)の上を
通りながら 朱で書いた
血の匂いがするこの国で

柔かい石のこの国で
彼は再び道をのぼった
カルタで親になった女のように
火をくぐる火トカゲのように
黄土(オークル)や深紅(カルマン)の山山へ
柔かい石のこの国で

甘いオレンジのこの国で
道に迷った旅びとが
夜の息吹を聞きながら
朽葉色の影の中に坐っていた
黄金色の夜明けを待ちながら
甘いオレンジのこの国で

風の色をしたこの国で
なんともう秋だったのか
ひとは色づく大木に驚き
ここにとどまって夢みる
穏やかな単調な一日を
風の色をしたこの国で

金と銀のこの国で
テンパニイのように働き
みんな舞踏服を夢みる
野も町町もひとびとも
大気にはシンバルの匂い
金と銀のこの国で

このポエジイの国で
身は赤銅のぬくみをもち
くちづけは古いアジアの
秘密を追い求めるよう
夢想は生きるには美しすぎる
このポエジイの国で

神の香るこの国で
なんと黒い鷲がゆうゆうと
舞っては予言を垂(た)れることが
われらの生きざまへの懲罰を
恋人であることだけ夢みていたのに
神の香るこの国で

いきなり暗い危険に襲われ
脅やかされたこの国で
王たちよ 何が起きたのか
どんなドラマが生まれたのか
鏡に映ったおん身のおぞましさ
脅やかされたこの国で

大地の震えるこの国で
空は死にかけ 海は逆まく
おのれを救うすべはだれにもない
だれもおのれに不実でしかない
だれももう以前のままではない
大地の震えるこの国で

破局を迎えたこの国で
燃えさかる戦火のこの炎
わたしのことばを信じられよ
それは詩の一節の終わりとなる
明日は楽園から追放される
破局を迎えたこの国で

長詩『エルザの狂人』の中の一篇。イベリア半島におけるアラブの盛衰を歌ったものである。従来スペインにおけるアラブの盛衰、とりわけアラゴン国女王イザベラとカスチリアの王フェルディナンドの連合軍によるグラナダのマホメット王国の攻略の歴史は、勝利したスペイン側の資料によってのみ語られてきた。それに対して、アラゴンは敗北したアラブの側の資料によって『エルザの狂人』を書いたといわれる。

(『稜線』61号 1997年2月)

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