浅間よ いまこそ

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浅間よいまこそ


浅間山


博光も『呼子』10号に浅間山の米軍演習地化に反対する詩を書いていました。
浅間山が6百何十番目というのですから、日本中に米軍の演習地が作られたり、作られようとし、それに反対する運動が起こったわけです。先日行った仙台の青葉山も米軍の演習地として使われました。
千葉の九十九里・片貝も米軍の演習地とされ、住民に大きな被害を与えました(九十九里浜闘争)。群馬では妙義山基地反対闘争(1953年、島田利夫が指導)があり、石川県では今に伝わる大闘争・内灘闘争がありました。
富士山の北富士演習場反対闘争(「富士のうた」「二百五十の名を」)、東京の砂川闘争など、基地反対闘争の高まりが決定的な要因となり(千葉大・三宅明正教授/東京新聞記事)、50年代後半、米軍基地の返還が相次いでなされました。沖縄への基地集中がすすみ、今の沖縄の基地問題につながっていきます。


 浅間よ いまこそ
                   大島博光

浅間よ おれたちの山よ 山ふところよ
いまこそ 火をふこう ふきあげよう
くらい日本の つゆ空を つきやぶって
おれたちの 胸のそこにもえる怒りを 噴煙を

こんどは おれたちの番だ というのだ
六百何十何番目かに おれたちの 山すそが
アメリカの手に もぎとられる というのだ
もう 泣きねいりは たくさんだ

断じて わたしてなるものか 外国の手に
おれたちの 火山灰地の キャベツ畑を
きよらかな谷川を 牧場を 小麦畑を
祖父たちの 血と汗のしみこんだ 黒土を

断じて ふみこませてはならぬ 戦争のどろ靴を
カービン銃を ライフル銃を バズーカ砲を
うぐいすと うそたちのさえずる から松林に
星条旗を ひるがえさせるな 六里ヶ原に

浅間のすそを ながれる 千曲川よ
おまえも だまって 見ているときではない
おまえのみなもとが奪われ汚されようとしているのだ
岸べの野菊よ あざみたちよ たちあがれ

遠いむこうの内灘も 白はちまきで たちあがったぞ
一ど はりめぐらされた鉄条網を とりはらえと
生死をかけて 裏切りものと たたかっているぞ
祖国の土・海は おれたちの いのちそのものだ

いまこそ 火をふこう 投げつけよう
浅間よ
おまえを もぎとる 外敵のうえに
おまえを 売り渡す 売国奴のうえに
いかりに焼けた石を 灰を にくしみを

(『呼子』10号 ─浅間山演習地問題特集─ 1953年7月)
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