パブロ・ネルーダ──学生連合と『クラリダド』(中)

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 「……一九二○年、テムコにもたらされたニュースはわたしの世代に血なまぐさい傷跡を残した。寡頭制の息子たちの『黄金の青年』団は、学生連合の事務所を襲撃して破壊した。植民地時代から金持に奉仕してきた警察は、襲撃者を投獄せずに、襲撃された者を投獄した。チリの詩の若い希望であったドミンゴ・ゴメス・ロハスは拷問をうけて独房で発狂し死んだ。このような犯罪の反響は、小さな国の国内的状況においては、のちにグラナダにおけるフェデリコ・ガルシア・ロルカの暗殺がもつことになる反響と同じほど深く、同じほど広いものであった……」(「回想绿」)
 この悲劇は、その時代のチリにおける政治的状況の鋭さを端的に物語っている。一九世紀末から、ラテン・アメリカには、ヨーロッパ資本にかわって、アメリカ帝国主義の影が重くのしかかってきた。チリにおいても、アメリカ独占資本と、人口の一○パーセントにもみたない、ひとにぎりの特権グループ(寡頭制)とが、国民所得の半分を獅子の分け前として分けあっていた。他方、スペインの植民地時代の封建的遺制である古い大土地所有制のために「大農場でたらふく満腹している」(ネルーダ)少数の大地主にたいして、一方では何十万という農民が土地をもたず、何万という自作農もまた十分な土地をもたないという鋭い矛盾は、人民の貧困と悲惨をつくりだし、人民の闘争を呼びおこさずにはいなかった。一九二〇年になると、立ちあがるラテン・アメリカ人民の数はふえるとともに、独立・解放をめざす闘争はいよいよ激しさを加える。一九二一年、メキシコではミチョアカーン州にソヴェトが結成される。キューバでは、アメリカ帝国主義の干渉に反対して、スト、デモ、蜂起が行われる。チリ、ブラジル、ニカラグアにおいても、アメリカの干渉と圧力にたいして、人民のあいだに抵抗、闘争が強まってゆく。……
 このような歴史的状況のなかに、サンティアゴの学生連合とその「クラリダド」は位置していた。
 「学生連合の事務所には、反抗的学生のもっとも有名な面々が出入りしていた。彼らはイデオロギー的には、その頃の強力なアナーキスム運動にむすびついていた。……
 おなじ頃、すばらしい活動的な指導者ルイス・エミリオ・レカバレンはプロレタリアートを組織し、労働組合連合をつくり、国じゅうに九つか一〇の労働者新聞を創刊した。雪崩のように続発するストライキが体制をゆさぶった。わたしは毎週「クラリダド」に書いていた。「われわれ学生は人民の要求を支持し、サンティアゴの街頭で警官の警棒になぐられた。首都にはクビを切られたばかりの、数千の硝石と銅の労働者たちがやってきていた。デモとそれにつづく弾圧とが、国民生活を悲劇的にいろどっていた。
 その頃から、断続的に、政治がわたしの詩と生活のなかに入ってきた。わたしの詩のなかで、街頭に扉を閉ざすことはできなかったし、同じように、若い詩人のわたしの心のなかでは、愛や生活、悦びや悲しみに扉を閉ざすことはできなかった」(『回想録』)
(つづく)

(新日本新書『パブロ・ネルーダ』)

花

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