ミストラルとネルーダと

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 ミストラルとネルーダと

 二〇世紀のチリは二人のノーベル賞詩人を生んだ。一人は一九四五年に受賞した女流詩人ガブリエラ・ミストラルであり、もう一人は一九七一年に受賞したパブロ・ネルーダである。
 少年のネルーダは、テムコに教師として赴任してきたミストラルに会っている。一八八九年生まれのミストラルはネルーダより一五歳としうえであった。
「そのころ、テムコに、一人の背の高い婦人がやってきた。とても長い服を着、踵の低い靴をはいてきた。女学校の新しい校長だった。南部の町から、マゼラン海峡の雪のなかからやってきたのだ。名前はガプリエラ・ミストラルといった。
 彼女が町の通りを裾を引きずるような長いドレスを着て通るのをわたしはよく見かけたが、わたしには彼女が恐かった。だが、彼女を訪問しに連れて行かれたとき、彼女が親切ないい人だということがわかった。アラウコ族の美しい壺のようにインディオの血の勝った赤銅色の顔のうえに真っ白な歯からやさしい微笑みがこぼれると、部屋中がばっと明るくなるのだった。
 彼女の友人になるには、わたしはあまりに若かったし、あまりに内気で、あまりに引っ込み思案だった。ごくたまにしか彼女には会わなかったが、それでもけっこう、そのたびに彼女から贈られた数冊の本をかかえてきた。それはいつも、彼女が世界文学のなかでもっともすばらしいものだと考えていたロシアの小説だった。わたしは言ってもいい、ガブリエラこそがロシアの小説家たちのあの恐るべき小説世界のなかにわたしをみちびき入れ、トルストイ、ドストエーフスキー、チェーホフはわたしのもっとも愛読する作家たちになった。彼らはいまもわたしの伴侶である。」(『回想録』)
 後年、この二人の詩人はよき友だちとなる。
 ミストラルもまたチリ北部の人民のなかから出てきた。彼女の詩は人民の現実生活とむすびついたメッセージであった。「分けあう」という有名な詩で彼女はこう書いている。

  もしもほかのひとが自分の腕を
  ばらばらに もぎとられたなら
  どうか わたしの腕を取って下さい
  その渇き 飢えがわたしに分るように

 奪いとられた人たちに、詩人は自分の眼、耳、脚、腕を与えようと言っているのである。ここにミストラルの人民的な連帯の精神がみごとに歌われている。
 のちにネルーダがゴンサレス・ヴィデラのチリ政権から追跡されていた頃、彼は亡命してイタリアにいたことがある。そのとき領事になっていたミストラルは、ネルーダをかくまわないようにという勧告を受けとった。彼女はそれを拒絶したのである。「スペイン語を話す最大の詩人にたいして、友人にたいして、迫害されている最後のチリ人にたいして、どうしてわたしの家の扉を閉ざすことができましょう……」
 こうして、世界平和のためにたたかい歌った彼女もまた追放されることになる。チリの雑誌、新聞、とりわけ北米系新聞『エル・メルクリオ』紙から締め出されることになる。
 また一九五二年、ネルーダが亡命先から祖国へ帰ることを妨害しないようにと、政府に嘆願した最初のひとこそミストラルであった。
 一九六四年、ネルーダはミストラルを追想して書く。
「……チリの女流詩人ガブリエラ・ミストラルがその死の数年前にノーべル文学賞を獲得したことは、全世界に知れわたっている。
 この賞は一人の世界的なすぐれた文筆家の存在を認めたのだが、八○○万人のチリ人にとっては、詩人は他の多くの意味あいをもっていた。
 まず第一に、民衆のなかの一人の女性がとりあげられ、そのことがこの共和国について語るには十分なことであることを、わたしたちは知らなければならない。……
 一世紀以上も前から、ラテン・アメリカの保守的な強大な勢力は、下層の民衆を暗い地下室におしこめておくよう尽力した。大勢の文盲がいる。小学校にすら子供を通わせることは、ここの人びとにとっては難題である。……
 ガブリエラ・ミストラルは地下からはい出すことができた。膨大な数にのぼる貧民のなかで無知のままでいるには、彼女はあまりにも才にひいでていた……。
 重要なのは、民衆のなかのこの少女が、わたしたちの時代の意識のなかに詩の形をとってはいりこみ、その死後もチリ人の生活に中心的な役割をはたし続けているということである……チリでは彼女は民衆に膠着する人物なのだ……」(M・アギレ、松田忠徳訳『パプロ・ネルーダの生涯』新日本出版社)
 多くのことがミストラルとネルーダを結びつけた。こうして一九五七年、ミストラルの死に際して、迫害されたこの詩人の死に、ネルーダは万感をこめて「一○○の愛のソネット」のひとつをささげている。

    第五九番めの歌─G・Mに

  生と死との おんなじ執拗な影に
  追いたてられた 哀れな詩人たち
  彼らはいま 冷たい豪華さに包まれて
  儀式に葬儀の歯にひき渡される

  いまや 石ころのように哀れなものとなり
  彼らは 華やかな馬のうしろに横たわり
  ついに出しゃばりどもに みちびかれて
  仲間たちの間の 安らぎのない眠りへと赴く

  昔も今も 死者は死んだと信じて
  人びとは 葬儀をみじめな宴会(うたげ)に変える
  七面鳥や豚や追悼演説者でもって

  彼らは彼女の死を待ち伏せ それから侮辱した
  彼女はもう口を閉じていたから その歌で
  彼女はもう答えることができないから     (『一○○の愛のソネット』)

(新日本新書『パブロ・ネルーダ』)


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