チリの闘い

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1973年9月、アジェンデ政権が軍事クーデターで倒されるまでのチリ社会の動きを写したドキュメンタリー映画「チリの闘い」が公開されています。右翼勢力や軍部による様々な攻撃、アジェンデを支援する民衆の大衆行動などが多数記録されていて、生々しい影像に圧倒されます。
3部構成で、全部で4時間半のボリューム。

第1部「ブルジョワジーの叛乱」
 1973年3月の国会議員選挙の場面、野党が支持率を伸ばしたが、人民連合も前進し、アジェンデを罷免しようという反動派の思惑は潰え去る。ここから様々な妨害策動が始まる。CIAによって作られたファシスト組織のデモ、バス会社のスト、銅山のストライキ。そして6月末に軍の一部部隊によるモネダ宮への反乱行動が起きた。

第2部「クーデター」
 6月末の軍の反乱は人民連合側の連隊の出動やプラッツ将軍らの行動で挫折する。7月、アジェンデ側近の海軍副官アラヤ少佐が極右によって暗殺された。バルパライソの軍関係者が練っているクーデター計画をアジェンデに悟らせないためだった。8月、プラッツ将軍が将校夫人たちの抗議デモをうけて国防相と陸軍総司令官の職を辞任し、立憲派のふりをしていたピノチェトが陸軍総司令官となった。9月4日、アジェンデ政権成立3周年の集会には80万人が集まり、史上最大の集会となった。9月11日、不吉な戦闘機が姿を見せ、戦車が出動、モネダ宮に砲弾が浴びせられた。アジェンデ最後のラジオ演説が流される。「歴史は抑圧や犯罪をもってしては押しとどめることはできない。歴史は人民のものであり、労働者のものである。遅かれ早かれ、大きな道が切り開かれることだろう。みな自由に歩くことができ、より良い社会を建設するために通る道が」

第3部「民衆の力」
 1972年、アジェンデのパレードに支持者たちの熱狂的な声援が続く。「アジェンデ!アジェンデ!私たちはあなたを守る!」 政権発足から1年半しかたっていなかったが、鉱山や農地、銀行の国有化をし、アジェンデは国民から強い支持を得ていた。10月の運輸業者ストライキの経験から労働者の組織能力が高まり、「人民勢力」が育ってゆくことなった。「民衆の力を作り上げよう」のスローガンのもと「産業コルドン(地域労働者連絡会)」や学生・主婦・労働者・農民らの『地域部隊」が組織された。商店の多くが右派の策謀で商品を闇市場に流し、反政府的姿勢をとることに対して、人民勢力が作った直接配給制度「人民商店」が各地にできた。人民勢力の種子はチリ全土に拡がった。人民連合広報部長マルブランの熱弁が続く。「労働者の参画によって社会主義へ移行するための新たな組織を作り出す」「大衆運動が高まりを見せている今、彼らを階級闘争へ導く必要がある……」未来への希望を託すかのようにベンセレモスのメロディーが流れて、映画は終わる。

製作・監督・脚本: パトリシオ・グスマン PATRICIO GUZMAN
原題: LA BATALLA DE CHILELa Lucha de un Pueblo sin Armas
作年:1975、1976、1978
製作国:チリ=フランス=キューバ
本編尺:263分

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