ネルーダ 愛の詩 百の愛のソネット(14)

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 死をみつめる、このネルーダの透明さと円熟とは、東洋風な諦観からはほど遠いものであろう。かれはマテリアリストとして、きわめて客観的に死と死の過程をみつめているからである。

  時間は雪と鍬とで生命(いのも)を削りとるのだ

  そしてそこ 大地にも 時間は流れつづけて
  塵(チリ)あくたの上に 雨のように容赦なく降りつづけて
  姿かたちのなくなるまで 執拗に消しさるのだ
                    (九一番めのソネット)

 このように詩人は、死の過程を、何ものをも容赦しない、苛酷な時間の作用として捉えている。時間が「雨のように」降りつづけるという表現には、眼に見えないものを見させようとする詩人の配慮がみられる。そしてさらに眼に見えない死と愛とのありようは、詩人のファンタジーと詩にぞくするのである。

  この愛は もう生むこともなければ また
  死ぬこともない それはまるで長い川のようだ
  それはただ くちびると大地とをとり換えるだけなのだ
                    (九二番めのソネット)
(つづく)

<『愛と革命の詩人ネルーダ』>


ソネット



ユキヤナギ


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