ロルカの死を歌った詩人たち──没後四十周年に──(4)アルベルティ

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 アルベルティも歌う

 ラファエル・アルベルティは、国外に亡命した詩人たちのひとりである。スペイン内戦当時には人民戦線の側に立って、「マドリード防衛の歌」「国際義勇軍に捧げる」「海のなかの牡牛」など、多くの有名な詩をかいた。共和国の敗北後、かれは初めブエノスアイレスに亡命し、その後ローマ郊外のアニエネの谷に居をかまえて、詩を書きつづる。アニエネの谷にあっても、かれはフェデリコに想いをよせる。

    フェデリコ
                  ラファエル・アルベルティ

 フェデリコよ
 きみに会いに ビナール街をとおって
 「レジデンシア」へやって行き
 きみの部屋のべルを鳴らした
 だがそこにきみはいなかった

 フェデリコよ
 きみは だれよりもよく笑った
 きみは 自分のことをみんなしゃべった
 もうだれもそんなまねはできないだろう
 きみに会いに 「レジデンシア」へ行った
 だがそこにきみはいなかった

 フェデリコよ
 ここ アニエネの山のうえにまで
 きみのオリーブの木が這い上っている
 わたしは風といっしょにその枝を鳴らした
 すると そこに きみがいた

 ロルカは生前、マドリードの学生寮「レジデンシァ」に住んでいた。いまアルベルティは、ローマ郊外、アニエネの山のオリーブの木を見て、ありし日のロルカをしのんでいるのである。そしてここにも、子供のように無邪気だったといわれるロルカの人間像が描かれている。さらにアルベルティは、スペイン戦争三〇周年を記念して、つぎのような長い詩を書いている。

   歳月は過ぎ去らなかった
                       ラファエル・アルベルティ

 「平和の三〇年
 スペイン万歳を叫ぶスペインは
 ずっと わしを映す鏡なのだ
 いつもそこに自分を映して
 日ごとに若返える自分を見いだし
 死者たちのように幸福な自分を見いだし
 わしは年齢(とし)をとらぬのだ」
 「おまえはこう言いたいのだ
 おまえはおれたちを殺した時の年齢(とし)のまんまだと
 おまえは死者たちを呑みこんだ墓場なのだ」
 「神の御加護で わしは恩寵にあずかっておる」
 「おまえは戦死者たちの谷間なのだ
 死者たち
 かず限りもない死者たち
 おまえは 死者たちの保管所だ
 おまえは 死者たちの博物館なのだ」
 「わしの良心にやましいことはなにもない」
 「おれたちはかず限りもない死者たち
 怖るべき空虚(うつろ)さだ
 ぽっかりと口をあけた穴だ
 銃殺された血が煮えくり返っているのだ」
 「たとえわしが死なねばならぬとしても
 天国がわしを迎え入れてくれるわ」
 「おれたちは かず限りもない死者たちだ」
 「この輝く太陽と 押しかけてくる観光客
 溢れる喜びと わしの王公ぶり
 わしのおかげで スペインは生きておるのだ
 よく見るがよい
 これが わしの王国なのだ」
 「おれたちは かず限りもない死者たちだ」
 「わしは 神のご加護でスペインを統治しておる
 わしは わし自身の後継者なのだ
 スペイン人よ 諸君に勝利をもたらしたのはわしじゃ」
 「おれたちはかず限りもない死者たち
 おれたちには 墓もない
 おまえは毎日おれたちを踏みつける
 すべての死者たちが泥となって
 おまえの長靴にひっつくのだ 
 生ける死者どころか おれたちは生きていて
 おまえの足の下で ぎしぎし音を立てるのだ
 「ほんとうにおれたちは おまえを映す鏡なのだ」
 「わしはスペインが待ち望んでいた救世主じゃ
 見るがいい わしの約束した平和と歳月を」
 「そんなものは死者たちの平和だ」
 「いや 平和の三〇年だ」
 「そんなものは死者たちの平和だ
 傷つき
 よろよろとよろけ
 凍え
 焼かれ
 泣き呻き
 殴りつけられ
 うちのめされ
 辱かしめられた
 死者たち」  
 「平和の三〇年だ」
 「死者たちの平和だ」
 「まさに スペイン万歳を叫ぶこのスペインは
 ずっとわしを映す鏡なのだ」
 「おれたちは死者たち
 死者たち
 かず限りもない死者たちだ
 だが この死者たちは
 挙げている
 挙げている
 高く挙げているのだ
 死者たちの手を

 「マチャドは はるか遠い向こうに
 いまも 向こうに埋められている
 かれを見守っていたポプラの木が一本
 ドエロ川の岸べを逃がれて
 いまも向こうで かれを見守りつづけている」
 「おれたちはかつて はっきりと歌ったが
 いまもはっきりと歌っている
 おれは おまえなどとはいっしょにいない
 おまえなどを歌うために
 おれの唇からは ただ一つの言葉も洩れず
 おれの手は ただ一つの綴りも書かなかった」
 「ある日 マドリッドからの
 マチャドの声を わしは聞いた」
 「おれの足はもう役立たぬ
 だが おれにはまだ腕が残っている……」
 「死の雨が空から降ってきた
 マドリッドは 四方八方から
 血を流した
 それから かれは出て行った……
 向こうの大地の下で
 かれは語りつづける」 

 「あの男はコルドバめざして馬で行ったが
 どうしても辿り着けなかった
 あの男とは きみだ
 黒い月の下 赤い月の下を
 あの男は 風とともに行った
 あの男とは きみだ
 傷ついて 自分の影のなかを飛んでいる
 四羽の鳩たち
 それは きみだ」
 「おれは天に殺された……
 せめて髪の毛の伸びるままにまかせよう
 頭をぶち割られた子供たちといっしょだ
 乾いた足に 水がぼろのようにまといつく
 おれは毎日 ちがう自分の顔にぶつかる
 おれは天に殺された」

 「フェデリコ と叫ぶ声がおれに聞こえる
 屋根のうえから フェデリコ
 庭のなかから フェデリコ
 崩れ落ちた塔から フェデリコ
 消えた泉から フェデリコ
 凍(い)てつく山から フェデリコ
 暗い川から フェデリコ
 掘り返えされた大地から フェデリコ」
 ──なんだ 何が起きたんだ?
 ──なんでもないさ
 ──そんな風に騒がずに そっとしといてくれ
 ──よし わかった
 心臓はひとりぼっちでこの世から出て行った
 ──ああ ああ かわいそうなおれ!
 フェデリコ!

 彼はいまもまだ立っている
 ひとは いまも 彼について
 語ることができる
 彼の平然とした顔を描くことができる
 彼の葬式の 倒れて硬くなった 大理石の顔を
 なぜなら 彼はずっと あそこに
 血の海のなかに浸かりつづけ
 あそこに根をおろしているからだ
 彼は血にまみれた鏡の水銀に面とむかい
 自分の詩のなかの自分を見つめ
 自分の哀れなスペインを
 蛆虫どもに食い荒された
 死んだスペインを 見守っているからだ
 カルロ・クァトラッチ*がローマで彼を描いた
 画家は 彼をそのように描くことができた
 なぜなら 三〇年後のいまも
 歳月は過ぎ去らなかったからだ
 そうだ 歳月は過ぎ去らなかったのだ

* 訳注 この詩は画家カルロ・クァトラッチの挿画入で発表された。

 この詩は、フランコと死者たちとの対話、マチャドとフェデリコ(ロルカ)との対話、そして作者の発言といったかたちで構成されている。この構成をとおして、あのスペイン人民の歴史的な悲劇の本質が、抒情詩的に生き生きと表現されている。
 「神の御加護で わしは恩寵にあずかっておる」という詩句もたんなる形容句ではなく、フランコのファシズムがスペイン聖職者たちの庇護・協力のもとにおし進められた事実に対応している。また、「死者たち/死者たち/かず限りない死者たち」という言葉の積みかさねも、フランコ軍との戦争による死者が百万人にも達したという事実に対応していることを思えば、それがたんなる詩的羅列や強調だけではないことがわかる。そしてフランコと死者たちとの対話をとおして、ここにも二つのスペインがあざやかな対照のうちに描かれている。かってネルーダはこう指摘した。
 「彼(ロルカ)の死とともに ひとびとは けっして相容れることのない二つのスペインを まざまざと見た。ひづめの割れた悪魔の足をした 蒼黒いスペイン 呪われた地下のスペイン 大罪を犯した王党派と聖職者たちの 十字架につけられるべき有毒なスペイン──それに面と向かって 溌剌とした誇りに輝くスペイン 精神のスペイン 直観と伝統継承と発見のスペイン フェデリコ・ガルシーア・ロルカのスペイン……」

 アルベルティが、スペイン人民の歴史的な悲劇を大きく総体的に捉えることができたのは、やはり三〇年という時間的な距離のおかげかも知れない。そしてここでも、マチャドとロルカには、かれらにふさわしい大きな場所が与えられている。とりわけロルカにたいする愛惜・思慕のひびきはきわ立っている。ロルカはさらに、この悲劇の象徴として、この詩のなかに立っている。
「彼はずっとあそこに/血の海のなかに漬かりつづけ/あそこに根をおろし……/自分の哀れなスペインを/蛆虫どもに食い荒された/死んだスペインを見守っている……」ロルカは立っているだけでなく、「死んだスペイン」を見守り、「蛆虫ども」を告発しているのである。

 報道によれば、ことしの六月五日、ロルカの故郷グラナダ郊外のフェンテバケーロス村の広場で、六〇〇〇人の参加者たちによって、ロルカ生誕七八周年記念集会がひらかれた。この集会は、官憲の監視のもとに、三〇分だけ許され、それ以上は一分たりとも超過してはならなかったといわれる。この集会で、ロルカの詩が朗読され、ついでアルベルティのこの詩「歳月は過ぎ去らなかった」が朗読され、「すべての民主的自由が回復され、スペイン国民が自分の未来をきめ、自分の個性を自由に表明することができない限り、真の人民的文化の基礎は確立されない」と強調した宣言が発表された。その後、参加者たちは「自由」「大赦」を叫びながらデモに移ったが、警官もこれには介入しなかったという。虐殺と圧制にたいするスペイン人民の怒りにとっては、その自由の叫びにとっては、四〇年後のこんにちも、まさに「歳月は過ぎ去らなかった」である。

(完)

(『民主文学』1976年11月号)

アルハンブラ
フェネラリーフェ(グラナダ)より (安西良子さん撮影)




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