レニングラード封鎖の中で鳴り響いた交響曲 ─ひのまどか「戦火のシンフォニー」(4)

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1942年3月29日、交響曲第7番のモスクワ初演が空襲警報の鳴り続ける中で行われた。ドイツ軍に対するソビエト国民の勝利を表すシンフォニー、首都での大プロパガンダを成功させた功績によりショスタコーヴィチはスターリン賞を授与された。
この時も演奏を中継したラジオ放送はレニングラードに届かなかった。肝腎のレニングラードは置き去りにされていた。

オーケストラを復活させて、ラジオ委員会芸術監督のバーブシキンは交響曲第7番のレニングラード初演を実現するのは自分の使命と考えていた。「交響曲第7番はレニングラードで演奏される時こそが真の初演だ、包囲されたレニングラードは精神生活のピークを迎えるだろう」と言ってラジオ・シンフォニーのメンバーと指揮者エリアスベルクを説得する。「ショスタコーヴィチの演奏は確かに困難でしょう。しかし、その困難に挑んでこそ希望が見えてくるとは思いませんか」
7月1日、交響曲第7番のスコア(楽譜)が軍用貨物機で届いた。待ちに待ったスコアを開いた瞬間、エリアスベルクらは頭を抱え込んでしまった。これほどの壁が立ち塞がっていようとは誰も想像していなかった。大編成用の曲で、演奏者の数が圧倒的に足りないのだ。7月半ばの初演予定は急遽撤回された。
(つづく)

7番

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