レニングラード封鎖の中で鳴り響いた交響曲 ─ひのまどか「戦火のシンフォニー」(2)

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10月12日、1500人収容のフィラルモニー大ホールは市民であふれた。チャイコフスキーを熱演する間も外では砲弾の爆発音が轟いていたが、人々は貪るように音楽に耳を傾けていた。楽団員たちもクラシック音楽の殿堂で演奏できる歓びに浸っていた。
11月7日からの3日間、市民は革命記念日を音楽で盛大に祝った。フィラルモニー大ホールではチャイコフスキーの序曲『1812年』、ベートーヴェンの『運命』、『第九』他が演奏された。

マローズ(酷寒)がはじまるなか、石油が入らないため「ラジオの家」も暖房が止まり、電話は繋がらなくなった。ドイツ軍機による爆撃で食糧供給も絶たれ、市民への配給量はさらに引き下げられた。栄養失調に苦しみながら楽団員はリハーサルや本番の演奏、防空防衛隊の仕事、慰問演奏を続けた。
12月31日、イギリス向けにチャイコフスキーの『交響曲第5番』を演奏したのを最後にラジオ・シンフォニーは活動を停止した。楽団員の餓死が続くなか、電気配給が止まったためである。

12月27日、クイビシェフに疎開していたショスタコーヴィチは交響曲7番を完成させ、音楽家、友人たちを招いてピアノで全曲を弾いて聴かせた。しかし、レニングラード市民のために書かれた交響曲の完成を、陸の孤島と化したレニングラードでは市民も楽団員も知らなかった。
(つづく)

戦火のシンフォニー

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