ネルーダ 愛の詩 百の愛のソネット(8)

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 詩人はまた、恋びとの裸像をうたうことも忘れていない。イスラ・ネグラの海に泳ぐ彼女は、あの貝殻から生まれたアフロディトのように描かれている。

   いまし方 砂浜に 足跡を刻んだばかりの
   なめらかで つややかな足を 海が洗う
   いまや 女性(おんな)の炎の燃える 彼女の薔薇も
   太陽と海とが攻めぎあう 一つの泡でしかない
              (一○番めのソネット)

 さらに、二七番めのソネットでは、みごとな暗喩(メタフォール)によって、裸像そのものがうたわれている。

   裸のおまえは おまえの手のように素朴だ

   裸のおまえは おまえの爪のように 可愛いい
   まるくて 薔薇色で なめらかで 軽やかだ

 しかし、詩人の愛撫するこの裸像も、朝がくれば、ふたたび着物に厳いかくされてしまう。

   だが夜が明けて おまえがふたたび起き出して
   着物と仕事の 長いトンネルの中に入ってゆくと
   おまえの輝きは消えて 着物をまとい 葉を落とし
   おまえはふたたび 裸の手にもどってゆくのだ

 この詩は、着物につつみかくされてしまった裸像へのノスタルジーによって終わっている。着物にかくされることで、裸像はいっそうまた浮きでるともいえよう。しかし、最後の詩句は、最初の詩句をくりかえしていながら、新しいよろこびを見いだしている。最後の詩句は、その手にくちづけするようなやさしさにみちて、このソネットをしめくくっている。

(つづく)

<『愛と革命の詩人ネルーダ』>


ソネット


裸婦像

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