ネルーダ 愛の詩 百の愛のソネット(4)

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 二九審めのソネットは、『百の愛のソネット』のなかでも、わたしのもっとも愛誦する詩のひとつである。

   おまえは 貧乏な「南部」からやってきた
   地震の多い 寒さのきびしい その地方は
   泥のなかで生き抜くすべを 教えてくれた

   おまえは まっくろな 粘土の若駒であり
   泥だらけのくちづけであり 粘土のひなげしであり
   街道の上を飛んでゆく 夕ぐれの山鳩であり
   娘のおまえは しっかりとその身につけていた
   石ころを踏みなれた 貧乏人の足と貧乏人の心とを
               (角川書店版『ネルーダ詩集』より)

 ここにはまず、ネルーダの故郷、チリ「南部」の素描と、やはりそこで生まれて育った「おまえ」のイメージが、素朴に、率直に描かれている。
 
 チリは南極に近いので、南部にゆくほど寒く、雨期にはどしゃ降りの豪雨に見舞われる。『辺境』にはつぎのように書かれている。

   家の前では 南極地方の雨水が深く道をえぐり
   すさまじい泥んこのぬかるみとなり
   夏には いちめん黄色い泥沼と化し
   熟れた小麦を満載した荷車が
   悲鳴をあげながら 横ぎって行った
                       (『大いなる歌』)

 「泥のなかで生き抜くすべを教えてくれた」という一行は、こういう「南部」の泥んこのなかでの労働と生活を指さしていて、そこからしてこの詩のレアリテもにじみ出てくる。またそこからして、「おまえは まっくろな 粘土の若駒であり 泥だらけのくちづけであり 粘土のひなげしであり」という詩句が、「南部」にふさわしい形容であり比喩であることも納得されよう。そして「粘土」はネルーダの愛する基本的なもののひとつであり、それは大地の分身でもある。一五番めのソネットでも

   おまえはまた チャンの粘土でこねあげられて
   恍惚とした 煉瓦窯(かま)のなかで焼かれたのだ

 と、書かれている。
 そして「石ころを踏みなれた 貧乏人の足と貧乏人の心とを」身につけていたという誇りにみちたイメージほどに、チリの山女の素朴な姿を生きいきと描いているものはない。そう書いて、詩人は人民への愛情をもうたいこめている。かれは、祖国の大地から生まれでた、野性的なものをこそ愛するのである。

   祖国の与えてくれる すべての贈物のなかから
   おれは選んだのだ おまえの野育ちの心をこそ
(つづく)

<『愛と革命の詩人ネルーダ』>

29番目のソネット

ひなげし


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