エピローグ──『エルザの狂人』

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エピローグ──『エルザの狂人』
                                  アラゴン
                                  大島博光訳

われらは二人でありひとつであった
少くとも少くともわたしはそう信じることができた
                                                   
われらとわたしは言った わがめまいの中でわれらと
そしてそば近くまた遠く離れてわたしは生きることになる
晴れた日や暗い日を過すことになる きみの膝で

われらと私は言った 幸せになるためにわれらは二人だった
私はそう言いかねる
どうしてどうしてひとが幸せだったと君たちは願ったのか
幸福のかわりに不幸を眼に見ながら哀れな恋びとたちよ

幸せになるためには 眼を閉じてはならない
しかも振られた男たちの多いこんにち
なんと生は燃え 風は灰の匂いをはこび
われらに血は騒ぐ

おお わが幸福よ 幸福は捉えられたろう
無知によって
しかも無知によって ひとはその代償を拂うことになる
世界はそこにあって われらはその苦しみから始める
いやでもおうでも

幸せな愛はない ご存じのように
そう歌われている
そう歌った男をひとは責めたて
われらの実例によって證しだてようとする
苦しみのなかに楽園のあったことを

暗い雲の下で ああ空は青いと信じたまえ
お好きなように
雨の降るときに 美しい太陽の歌を作りたまえ
ミカレームの木曜日にひとが変装するように
お望みならば

友よ友よ ひとは死ぬる限り ひとは呻めき
ひとは泣く
もしもわたしの二心ある心が 苦(にが)い鏡のように
苦しみの中に投げこまれて割れるなら
どうしよう

         *

きみの出現(プレザンス)を わたしは現在(プレザン)と呼ぶ
夢想と記憶のあいだ 夜と昼のあいだに
眠りと目ざめは たがいに釣り合い
たがいに区切りをつけ合う

            
わたしにはないものづくし(アブサンス)の記憶しかない
またわたしには 絶望の過去しかない
かってわたしは何者だったか 考え直す
きみを出発点として 鏡として

きみに似たものとして未来を思い描き
わたしはそこできみを知る
わたしは希望しか夢みなかった
明日を信じる愛しかもたなかった

もはやそこでは愛は狂気ではないだろう
そして死に抗(あらが)うわれらの備えは
われらのタベのあとの恋人たちにとって
愛の歌(ロマンス)となることだろう

 注*ミカレームの木曜日──復活祭に先立つ四旬節中の三週日の木曜日。子供たちが仮装などして楽しむ。

解説──この「エピローグ」は『エルザの狂人』の終曲をなすものであるが、それはまた詩人の人生の「エピローグ」をなすものともなっていると言えよう。なぜなら、ここには詩人がおのれの人生をしめくくつて歌う、自叙伝的な総括が見られるからである。そしてその主題はやはり愛と幸福である。幸福について教えは、

 幸せになるためには 眼を閉じてはならない

というものであり、それはこの世界を眼をみひらいて見つめなければならない、ということである。

 幸せな愛はない ご存じのように
 そう歌われている
 そう歌った男をひとは責めたて
 われらの見本によって詳しだてようとする
 苦しみのなかに 楽園のあったことを

 この節は、「幸せな愛はない」という詩集『フランスの起床ラッパ』に収められている詩について歌われている。のちにこの詩はシャンソンともなってひろく知られることになる。ところで、アラゴンのように幸せな愛をかちとった人が、どうして幸せな愛はないなどと書くのか、という疑問を多くのひとがもつことになる。F・クレミユも『アラゴンとの対話』のなかで、この疑問をアラゴンに投げかけている。
 「クレミユ──あなたは、この言葉とは反対の見本のように見る・・・
 アラゴン──・・・これらの非難への答えはかんたんなものです。この詩が書かれたのは一九四三年で、そこで歌われていることは、占領の不幸という事実に立って言われているのです。フランスの悲劇的な諸条件のもとで、どうして幸せな愛をもつことができたでしょう?・・・共同の不幸のなかでは幸福はありえないというのが、この詩でうたわれた主題です・・・」(F・クレミユ『アラゴンとの対話』)

        *
              
 わたしにはないものづくし(アブサンス)の記憶しかない

という詩句がある。このabsence は不在欠落と訳されるが、辞引には「いるべきところにいるべきものがいない」という意味だと出ている。日本語にはなじみにくい言葉のひとつと言えよう。この言葉の意味するところを、アラゴンの人生やその証言からみてみれば、つぎのように思いあたる。彼は私生児で、父親は本宅にいて、披の育った家にはいなかった。これこそアブサンスである。母親は姉という名義になっていて、その意味でアブサンスである。子供の頃、学友たちはカネをもっていたが、自分にはなかった、とアラゴンはどこかで書いている。これもアブサンスである。そしてエルザの出現するまで、彼にはほんとうの恋人はいなかったのではないか──これもアブサンスである。
 このアブサンスは、その前節の「きみの出現(プレザンス)」と脚韻をふんでおり、しかもその意味においては対比的であって、そこにポエジイが生まれることになる。とは言っても、わたしの訳語などではその妙味はとうてい訳出できていないことを嘆かずにはいられない。
(詩誌『稜線』2001年7月)

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