福田律郎「門」

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 門
        福田律郎

戸口に 彼女が立った。
 華やかな花嫁衣装が身体に巻きついて彼女はたしかに仙女のように美しかったし それにしみじみと愛情をこめた目で新郎を見上げたから 新郎ときたら人前でのたしなみも忘れて馳けよると 彼女の手をとろうとした。
 そこでわたしは二人のあいだに立ちふさがったのである。
 しげしげと彼女をみながら
 「ふぅむ、彼を愛しているね」と独り言のようにいった。「まえにもおまえとおなじような顔をして戸ロに立った女がいた……。」
 彼女が領いたので
 わたしはちょっといたわるように「いいのかね?」とたずねた
 「私には共産党員の妻として現在と将来しかありません。だからこの中に入りたいのです。」
 「このしきいを一歩またげば分ることだが、この中はがらんどうでなにもないのだ。だが、おまえを不幸にするものには事欠かないよ。つまり、過労、貧乏、焦繰感、不眠、忘れもの……。」
 彼女は歌うように「私はみんな楽しみととりかえることができます」といった。
 わたしは内心にやりとした。「彼が病人だということを知っていたはずだね。」
 「ええ、でも私にはあの人を治すことだってできます。」
 「いや、何事も望めば手にとれるようにおもえるのははじめだけで やってみると なかなか思いどおりにゆくものではないのだ。目的に達するまえに倒れてしまう。そこでおまえに注意しておきたいのは、病弱な彼がかならず先に死ぬとはかぎらないのだ。結婚するのは奪い合うためなのだよ。いいかね。愛情を持ちすぎた方が先に死んでしまうのだ。」
 「素晴らしいことですわ、誰が愛する人よりあとに残りたいと思うでしょうか?」
 美しい愛の閃めきにわたしは一瞬たじろいだ。彼女は馳けこんでいった。

 表で自動車のクラクションが鳴ったのは きっと 花嫁の付添人たちが帰っていったのだろう。
 二人きりになると新郎は彼女を抱いて百度も接吻するにちがいない。
 わたしは戸口に身を横たえるとぐっすりと眠りこんだ。千人の敵から新郎新婦を守るために。

(福田律郎詩集『細胞の指』)

バラ

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